川村所長の勉強会参加記録
2013.07.16
神経障害性痛 日本大学医学部 加藤実教授
2013年7月10日 ホテルキャメロットジャパン
演題「神経障害性痛に対する薬物療法を効果的に進めるために―目標設定・薬物療法の終了を目指して―」
演者:日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野診療教授 加藤実先生
内容及び補足(含質疑応答)「1985年の国際疼痛学会が疼痛を『An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage(実際に何らかの組織損傷が起こったとき、または組織損傷を起こす可能性があるとき、あるいはそのような損傷の際に表現される、不快な感覚や不快な情動体験)』と定義した。
(参)言葉として疼痛を表現する際の日本語と英語との比較
うずく (ache)
痛み(pain) :ズキズキ (throbbing), 刺すように (piercing), 軽い (slight), 激しい (severe), 一時的 (passing), 断続的 (intermittent), ずっと(永続的に)痛い (constant)
継続的な鈍い痛み ache
刺すような痛み twinge
発作的な激痛 pang
走っているときや大笑いしているときなどに感じる脇腹の痛み stitch
日本神経治療学会が標準的神経治療:慢性疼痛のガイドラインを「神経治療学」2010年27巻4号に掲載した。
日本緩和医学会が癌疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版を出版。
日本ペインクリニック学会が神経障害性痛の薬物療法ガイドライン(文献1)を出版。
神経障害性痛に包括される一般的な疾患・病態
(文献1 P13)
神経障害性痛の原因分類
① 傷害受容性疼痛 :骨折やケガで、体の組織が損傷を受けたときに起こる痛み。 痛みを受けとる傷害受容器は、皮膚、次いで内臓に多く分布。 体に異常が発生したときに警告信号を発する役割を担っている (→NSAIDsやオピオイドが有効)
② 神経因性疼痛(神経性疼痛):中枢あるいは末梢神経の神経組織そのものに障害が起きたときに生じる痛み。 ヘルペスウイルスによる帯状疱疹後の神経痛、三叉神経痛、坐骨神経痛 、幻視痛、脊髄損傷後の痛みなどがある。組織障害の警告ではなく、疼痛自体が障害となる。 日常生活ではあまり経験しない痛み方 (ヒリヒリ、チクチク、灼けつくような灼熱感 )。(NSAIDsが無効)
③ 心因性疼痛(慢性痛):痛みの原因になる疾患が見つからないもの。過去に何らかの肉体的な外傷や孵化を受けた経験がある上に、心理社会的ストレス、筋肉の過緊張、撃縮が起こった場合に起こる。 神経伝達物質(カテコールアミン、サブスタンスP・・)の異常が契機となり、さらに内分泌系や免疫系も関与して痛みが増強する。
診察
視診、触診、打診、神経学的所見、皮膚の知覚異常の有無(知覚低下、知覚過敏、異痛症(アロデイニア:allodyniaとは、通常では疼痛をもたらさない微小刺激が、すべて疼痛としてとても痛く認識される感覚異常のこと。)に注意し、皮膚や筋肉の異常(皮膚の色調変化、左右差、患部と健常部での温感差、浮腫の有無、筋肉萎縮)に注意する。
神経障害性痛 炎症性疼痛
陽性症状・徴候
自発痛 ある ある
熱痛覚過敏 ときどき 多い
冷アロディニア しばしば 非常に少ない
体性感覚閾値の上昇と痛覚過敏 しばしば 全くない
体性感覚刺激後の痛みの残存 しばしば 稀
特徴的な痛みの性質 焼けつく ずきずき
障害部位よりも広がる疼痛 ある ない
陰性症状・徴候
感覚低下・脱失 ある なし
運動麻痺 しばしば ない
帯状疱疹後 有痛性糖尿病性 脊髄損傷後 神経障害性痛全般
神経痛 ニューロパチー 疼痛
うずくような ○ ○
灼けるような ○ ○ ○ ○
ビーンと走るような ○ ○ ○
ひりひりする ○
ちくりとする ○
槍で突きぬかれるような ○
突き通すような ○
切り裂かれるような ○
ひきつるような ○
むず痒い ○ ○ ○
しびれたような ○ ○
アロディニア ○ ○ ○ ○
痛覚過敏 ○ ○ ○
(文献1 P14)
診断
痛みの部位、時期、誘因やきっかけ、痛みの性状、持続痛か間欠痛(突発痛、体動時痛など)、痛みを言葉で表現してもらうこと、痛みの強さの評価、
痛み以外の随伴症状の問診も大切である。
(文献1 P15)
治療
薬物療法としては、NSAIDs、オピオイド、鎮痛補助薬などがある。
(文献1 P20)
薬物療法各論
① ワクシニアウイルス摂取家兎炎症皮膚抽出液含有製材(ノイトロピン)
帯状疱疹後神経痛に対して鎮痛効果が確認されている。
重篤な副作用がなく忍容性が非常に高い
1日4錠(16単位)朝夕分割投与
② セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤
デュロキセチン(サインバルタ 適応疾患:糖尿病性ニューロパチー、繊維筋痛症、全般性不安障害)
下行性疼痛抑制系の賦活作用。
糖尿病性ニューロパチーによる痛み・痺れに対しては有効性が確認されているが、その他のものに対しては検討されていない(2011年7月)。
副作用は形眠・悪心が主。
20mgから投与開始し、1~2週間で40~60mgに増量。投与開始一週間目から鎮痛効果がある。
③ 抗不整脈薬
メキシレチン クラスⅠbの抗不整脈薬。
作用機序はナトリウムチャンネルの遮断。
糖尿病性ニューロパチーに適応がある。
300mg毎食後投与。2週間で効果がなけれが投与中止を検討し、心電図の定期的な検査の実施が推奨されている。
④ 第三選択薬:麻薬性鎮痛薬および弱オピオイド製剤
フェンタニル(フェンタニル、デュロテップMTパッチ)、オキシコドン、モルヒネ、ブプレノルフィン、トラマドールがある。
薬剤乱用の危険性について絶えずチェックが必要である。
有効性は患者ごとに異なり投与量は大きく異なる。
この種類の治療薬を使用する場合には痛み治療の専門医に相談するべき。
⑤ その他
(ア) 抗痙攣薬
カルバマゼピン(テグレトール、アメル):三叉神経痛の鎮痛効果は確認されている。糖尿病性ニューロパチーに対しては若干の鎮痛効果が期待できる。
バルプロ酸ナトリウム(デパケン):鎮痛効果は試験ごとに異なっていて推奨度は高くない。
ラモトリギン(ラミクタール):視床痛などの脳卒中後神経痛などに有効性を裏付ける報告が散見される。
トピラマート:糖尿病性ニューロパチーに鎮痛効果を示す報告があるが、反するものもある。
(イ) 抗うつ薬
パロキセチン(パキシル):糖尿病性ニューロパチーに対して鎮痛効果をある程度示した。
フルボキサミン(デプロメール)、セルトラリン(ジェイゾロフト)、ミルナシプラン(トレドミン)、ミルタザピン(レメロン、リフレックス)などは、国内外で神経障害性痛に対する臨床試験は行われていない。
(ウ) NMDA(N-metyl-D-aspartate)受容体拮抗薬
デキストロメトルファン(メジコン)推奨度は高くない。
(エ) ビタミンB12製剤
メコバラミン:末しょう神経障害全般の症状が緩和されるとされている。
治療の最終目標:疼痛の消失が究極の目標であるが臨床的には、困難であることが多く、治療の目標を段階的に設定しているのが現状である。
患者さんとこのことについてよく話し合い、段階的に目標を達成していくことを提唱する。現実的には、まず睡眠が快適にできること、次いで痛みが和らいでいることが実感できること、そして痛みの程度が半減することを目標としている。
CRPS(Complex Regional Pain Syndrome)
採血時の末梢神経障害が時に起こる複合性局所疼痛症候群:CRPS
も神経障害性痛のひとつである。
概念としては、骨折、捻挫、打撲などの外傷をきっかけとして、慢性的な痛みと浮腫、皮膚温の異常、発汗異常などの症状を伴う難治性の慢性疼痛症候群であり、以前はReflex Sympathetic Dystrophy(RSD)とも言われていた。RSDという言葉は交換親権が関与し筋肉が萎縮するという病名であるため、近年ではこの言葉は避けられるようになってきた。
Type ⅠとType Ⅱに分けられる。
① CRPS Type I=反射性交感神経性ジストロフィー(神経損傷がないもの)
定義:
•侵害的な出来事(軽微な外傷などの後に発生し、単一の末梢神経の分布領域に限局せずに拡がる、明らかに刺激となった出来事と不釣り合いな強い症状を示す症候群。
•疼痛部位あるいはアロディニア・痛覚過敏領域において、経過中に、浮腫、皮膚血流の変化、発汗異常が伴われる。
特徴:
•通常受傷1ヶ月以内に症状が出現し、多くは軽度であり、主要な神経損傷を伴わない。
•骨折、軟部組織の損傷、ギブス固定、帯状疱疹および狭心症や脳卒中のような内臓疾患に引き続き起こる。
•痛みは、灼熱痛、ズキズキ疼く痛みやナイフで切り裂かれたような痛みなどと表現され、持続性で、運動、熱・機械刺激やストレスによって増強する。
•アロディニアが伴われることがあり、アロディニアは単一の神経走行に沿わずに近位部にびまん性に拡大することが多く、時には対側にも拡大することがある。
•患者は通常患部を防御する行動をみせる。経過とともに痛みの強さも性質も変動する。
•皮膚の異常:皮膚温や色調の変化(暗黒色化)
•局所の浮腫や腫脹を伴うことがある。
•発汗の減少または過多がみられる。
•運動機能が傷害されることも多い。
•病期が進行すると皮膚、爪その他の軟部組織の萎縮や関節の可動域制限さらには関節拘縮が出現することがある。
•運動機能障害としては、筋力低下、不随意運動 tremor、まれな例では緊張 dystonia異常がみられる。
•痛みや運動機能障害のために、うつ状態などの感情・情緒障害や性格の変化を引き起こすことがある。
•交感神経の遮断により、痛みや他の症状が緩和する場合もあり、変化しない場合もある。
② CRPS Type II=カウザルギー Causalgia(神経損傷と関連するもの)
定義:
•1本の神経やその主要な分枝の部分損傷後に起こる、通常手や足の領域の灼熱痛、アロディニア、痛覚過敏
•カザルギーは、末梢神経の急性外傷に続発する特殊な型の神経痛である。
特徴:
•通常四肢の神経の部分的損傷によって起こる。
•受傷直後から発生することが多いが、時としてしばらく遅れる場合もある。
•好発する神経は、正中神経、坐骨神経、頸骨神経および尺骨神経である。
•橈骨神経のCRPS typeIIはまれである。
•神経損傷に伴う感覚低下の領域を認める。
•感覚低下領域を中心にした持続性の灼熱痛、アロディニアおよび痛覚過敏hyperpathiaなどの疼痛が主症状である。
•皮膚温の以上、浮腫や発汗異常などのRSD様の症状を随伴することもある。
•痛みは単一の神経の走行に沿わずに、近位に拡大する。
L. Lee Lankford の病期分類(RSD)
•第1期(急性期:3カ月)
1. 外傷部位に限局された疼痛の発生
2. 次第に灼熱痛に変化し、感覚過敏
3. 皮膚の発赤、皮膚温上昇、局所腫脹となる
4. 発症時、通常皮膚は赤味を帯び乾燥するが、その後、外見上青くなり(チアノーゼ)、冷たく汗ばむようになる。
5 .筋痙攣、硬直、可動域の制限
6. 6週を過ぎると抜き打ち状の骨萎縮が出現する。
7. 発汗の増加(多汗症)
8. 軽症の場合、この病期が数週間続き、その後、自然に治まるか迅速に治療に反応する。
•第2期(亜急性期:3~9カ月)
1. 痛みはより強く、より広範囲になる。
2. 腫脹は拡大し、柔らかいタイプから固い(盛り上がった)タイプに変わる傾向がある
3. 体毛は固くなり、その後少なくなる。爪は速く伸び、その後ゆっくり伸びるようになり、もろく、ひびが入り、ひどい溝ができる。
4. 骨萎縮は全体的に均一化してくる。
5. 筋萎縮が始まる。
•第3期(慢性期:9カ月~2年)
1. 疼痛はやや緩和される場合がある。
2. 関節拘縮と皮膚萎縮が進行し、関節の可動性は消失する。
3. 爪は屈曲変形し、指尖は先細りとなる。 組織の顕著な萎縮が最終的に不可逆的になる。
4. 多くの患者にとって疼痛は耐えがたいものとなり患肢全体に広がる。
5. 患者の数パーセントは全身に広がったRSDとなる。
6.骨萎縮は増強し、患肢全体が廃用化してくる。
2005年にIASPが提唱した新しいCRPSの診断基準 [Budapest Criteria]
1. Positive sensory abnormalities
spontaneous pain
hyperalgesia (mechanical, thermal, deep somatic) 痛覚過敏
2. Vasscular abnormalities
vasodilatation
vasoconstriction
skin temperature asymmetries
skin color changes
3. Edema, sweating abnormalities
swelling
hyperhidrosis 多汗
hypohidorosis 発汗減少
4. Motor or tropic changes
motor weakness
tremor
dystonia(ジストニア・ジストニー:中枢神経系の障害による不随意で持続的な筋収縮にかかわる 運動障害の総称。
coordination deficits
nail or hair changes
skin atrophy
joint stiffness
soft tissue change
臨床的診断基準 clinical diagnostic criteria for CRPS
◦symptom(自覚症状)としては4項目のいずれか3項目以上、sign(他覚的症状)としては4項目のいずれか2項目以上を充たすこと。
◦感度 sensitivity:0.85、特異度 specificity:0.69
採血時に神経を損傷し、その損傷した神経の影響が周りの神経におよび(ワーラー変性)、採血で穿刺した場所とは別のところに痛みを感じる病態もCRPSのひとつである。尺側にある尺側正中皮静脈は、その真下に正中神経本幹が走行していることが多く避けるべきであり、手関節部の橈骨茎状突起より中枢側12㎝以内の前腕にある橈側皮静脈には橈骨神経の皮脂が密に絡まっているので採血においては避けるべき血管である。
日本医科大学において587551回の採血において神経損傷は約4500回に一回、神経障害性痛が生じたのは3万回に一回の割合であった。治療により全例6か月以内に痛みは消失した。(参:日赤の平成19年度の献血時の神経損傷の割合は0.5%、神経障害の割合は0.3%)。
採血後に見られるCRPSの治療としてはアミトリプチン、リリカ、ステロイドの投与が有効と考えられる。
臨床的特徴としては①外傷から予想される程度を超える疼痛、②皮膚の変化、③腫脹、④運動障害があげられる。
最近問題になっている、サーバリックスなどの子宮頸がんワクチン投与後の神経障害もこの概念の病態である。
金沢大学の看護科の研究で「肘窩における皮静脈と皮神経の走行関係」という論文や、聖マリアンナ医科大学の院内緊急対応マニュアルに採血時の末梢神経障害というものがあるので興味がある方は参照されたい。