その他
2025.02.10
2025年2月9日
演題「患者を動かすナッジ活用法」
演者:青山大学客員教授 行動経済学研究者 竹林 正樹 先生
場所: ジャディアンス全国WEB講演会
内容及び補足「
ナッジ理論に基づく設計=聴衆者の心を後押しするためのお願い
- 笑顔で頷いて聞いてください。
- クイズコーナーに積極的に参加してください。
- 一緒にグーパー体操しましょう。
- 右手を前に伸ばしてパーに、左手を胸に当ててグーに
- 左手を前に伸ばしてパーに、右手を胸に当ててグーに
これを8セット行った後に手を逆にする。
- 右手を前に伸ばしてグーに、左手を胸に当ててパーに
- 左手を前に伸ばしてグーに、右手を胸に当ててパーに
これを8セット行った後に手を逆にする。
難しい顔で聞くより笑顔で頷いた方が肯定的に理解(Kahneman 2014)
グーパー体操 2回目で違和感が出る:腕を伸ばすと直感的に指も伸ばしたくなる。
→『シンプルな行動でも直感を制御するのは難しい』を体感してもらった。
行動しないヒトは反抗しているように見えて理性がうまく機能していないだけかもしれない
直感と方向性を合わせて行動しやすくする設計がナッジ(ナッジ=軽く突く:自発的によい行動を選択するように心を優しく刺激するアプローチ)
ヒトを自発的に動かす手法の研究が進められていて、その一つがナッジである。
Nudge:リチャードH. セイラー1945年アメリカ ニュージャージー州生まれ。
2017年行動経済学の研究でノーベル経済学賞を受賞。
ナッジ:認知バイアスに沿って、そっと後押しするような行動促進方法
管理栄養士・保健師国試に「ナッジ」が出題されているし、健康寿命延伸プラン (2019年厚生労働省)にもナッジが記載されている。
2021年に出された農林水産省の第4次食育推進基本計画でもナッジを活用する等、自然に健康になれる食環境づくりを推進している。
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/01-02-03-01.html
大島明の「介入のはしご」(2013)には、ヒトを動かす四段階として以下のものが提唱されている。
- 情報提供
- ナッジ
- インセンティブ(飴と鞭)
- 強制
例えば、「ある一定距離を置いて整列しましょう」という状態に顧客を動かすには、アナウンスによる「情報提供」、足跡シールを貼って、その場所にたつように誘導する「ナッジ」をおこない、それでも行動変容が促されないときには、一定距離を置いて並んだヒトに割引ポイントを付与する「インセンティブ」、それでもダメなら、警備員による実力行使「強制」という段階になる。
「なぜ、ヒトは頭で大切さをわかっているのに、実践しないのか?」
その原因として「認知バイアス(直感の持つ習性)」に影響されると考えられている。
Kahneman & Frederickは「直感と理性」(2002)で直感は常に発動している働き者であり、直感は自分が好きで面倒くさがり屋なため、自分に都合よく解釈する習性(認知バイアス)が働くとしている。
例えば「象」をイメージしてみると直感は、「巨大」、「本能的」、「強力」といった概念を導き出す。
問題「イスラエルでは裁判官による仮釈放申請承認率は、昼休み直後の判断は65%であったが、昼休み直前の申請の判断は何%であったか?」①0%、②40%、③80%(Danziger et al 2011)
この答えはなんと①の0%である。時間帯で判断が変化するのである。
疲れると理性が枯渇し、現状維持を採択することが示されている。
バイアス:話をするなら相手の疲れていない時間帯に
実験:Aグループは頭を上下に揺らし、Bグループは左右に揺らしてラジオ演説番組を聴かせて、番組の意見を尋ねたところ、Aグループの賛成者が多かった。(Wells et al 1980)
これは、プライミング(先行刺激)効果というバイアスである。(Kahneman 2014)
バイアス:最初に受けた刺激がその後の判断影響する
であり、話をするなら相手の授乳態勢を整えてから行うと賛同が得やすいというバイアスである。
内視鏡検査の痛みをグラフに表した。この場合患者Aに対して行った医師の方が患者Bに行った医師よりも内視鏡検査手技は上手で、痛みのピーク回数も痛み自体も少なく短時間で終了したが、検査終了後に患者Aの方が不満を訴えた。
これはピークエンドの法則というバイアスである。
記憶に基づく評価はピーク時と終了時の平均で決まり、途中の経過を忘れて、最後の印象が記憶されるということである。
最後を美しく終える努力が必要である。
バイアスに沿った研修
- 疲れの少ない時間帯に実施
- 最初と最後にピークを
バイアスに影響されると同じ内容でもタイミング、表現や順序で行動が変わる。
バイアスとの付き合い方
阻害要因となる認知バイアス
現在バイアス
20年後の苦痛を1億、目の前の快楽100の重み付けがある際に、面倒なことは先送りする現在バイアスが働き目の前の快楽の100を選ぶバイアス
喫煙者や肥満者は現在バイアスが強い(Lawless et al 2013)
異時点間の選択は現在バイアスの影響が大
現在ダイエットを頑張って、将来病気にならないようにしましょうと説明をしても、将来の効果よりも、現在の面倒の方がより大きく影響をする。
促進要因となるバイアス
認知容易性バイアス:見やすいものに対し警戒を解き、真実と感じる習性
下図の問題で、青森県と秋田県の面積はどちらが大きい?と質問した際に
より多く青森県が選ばれた。実際は秋田県の方が大きい。
バイアスは直感が持つ法則性のある認知のゆがみである。→予測可能
阻害要因バイアスを抑制し、促進要因バイアスを味方にすれば、望ましい行動へ誘導しやすくなる。
ナッジ:選択禁止もインセンティブを大きく変えることもなく、行動を予測可能な形で変える選択的設計のあらゆる要素
EASTフレームワーク:ナッジ理論を実際の現場で使いやすい形にしたもの
Easy 簡単で
Attractive 魅力的で
Social 規範に訴え
Timely タイムリー
厚生労働省受診率向上施策ハンドブック(第2版)
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf
簡単に:Easy=最重要のみ、面倒を徹底除去
シンプル化の法則:直感に動きたくなるシンプルな設計にする、「ましょう」の文章を回避する。
健診の結果医療機関を受診するように指示を出す際に、自分自身で医療機関を探す指示書を出した場合と、それぞれの以上結果に対して受診すべき診療科を明記した指示書を郵送した場合でそれぞれの受診率が11.8%と48.6%と有意に異なっていた(ニジケンプロジェクト:英語論文執筆中)
ナッジの弱点 悪用されやすい。
望ましくない選択があれば、直感は思わず従ってします。
解決策としては、ナッジの設計に倫理的配慮が不可欠である。