川村所長の勉強会参加記録
2013.10.28
DPP-4阻害薬の新しい可能性 井口登與志先生
2013年10月16日 ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル
演題「DPP-4阻害薬の新しい可能性」
演者:九州大学先端融合医療レドックスナビ研究拠点教授 井口登與志先生
内容及び補足(含質疑応答)「糖尿病の治療薬は1957年にトルブタミドが作られてから、1959年にクロルプロマミド、1961年にメトホルミンが作成されて、内服薬による治療ができるようになったが、その後は1971年にダオニール/オイグルコンの発売があったが、有効な薬剤がしばらく出てこなかった。
いろいろな薬剤の開発によって、糖尿病治療もパラダイムシフトが起こってきている。
インスリンの開発により、早期脂肪が回避され、いくつかの傾向血糖降下剤の開発により、糖尿病がない人のような生活を送ることが目標にされていたが、DPP-Ⅳ阻害薬、GLP-1製剤の開発により、膵臓のβ細胞の保護、肥満を来さない治療が可能になってきており、糖尿病発症予防も念頭において治療戦略が組まれるようになってきた。
病態としても、糖尿病に特徴的な細小血管障害の予防から大血管障害の予防、腎症発症予防・進展抑制、糖尿病合併の認知症発症の予防・進展抑制が治療目標になってきた。
糖尿病合併症発症の仮説としてはいろいろなものが提唱されているが、その一つにPKC仮説がある。
高血糖により、血管壁細胞プロテインキナーゼCの活性化とそれによって活性化されたNAD(P)HオキシダーゼによるROS産生亢進の機序や血管壁組織アンジオテンシン賛成亢進によりPKC-NAD(P)Hオキシダーゼ活性化の機序を、新規酸化ストレス評価法であるin vivo ESR(電子スピン共鳴法)画像化法を用いて検出した。
食事によって炭水化物が消化・吸収され、血中グルコース濃度が上昇する。このグルコースが各組織へ運ばれ、インスリンとともに細胞内に取り込まれる。細胞内へ流入したグルコースはグルコキナーゼによってリン酸化され、G-6-Pとなり、その後、解糖系を経てピルビン酸となり、ピルビン酸はミトコンドリア内へ入り、TCA回路を経て、ATPが産生され、このATPがATP感受性K+チャネルを閉鎖する。
過剰に摂取されたグルコースからDAG(Diacylglycerol)のde novo合成が亢進される(このDAG合成には補酵素としてNAD(P)Hが必要である)。このDAGは直接PKCを活性化する。PKCが活性化されるとマイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK、ERK)が活性化され腎臓のメサンギウム細胞の機能障害を起こす。
このPKCアイソフォームの一つであるPKCβ阻害剤で糖尿病ラットの糸球体過剰濾過が阻止され、尿中アルブミン排泄量が低下したとの報告もあり、今後期待できる薬剤の一つである。
PKCの活性化がNAD(P)Hオキシダーゼを活性化させ、活性酸素を産生し、酸化ストレスを亢進させている。
糖尿病性血管合併症の成因として酸化ストレス亢進が注目されているが、糖尿病患者を対象とした臨床成績では、一部の肯定的成績を除き、糖尿病腎症やMacroangiopathyに対する抗酸化薬の有効性を支持する成績はきわめて少ない。そこで血清ビリルビンの抗酸化作用に注目し、高ビリルビン血症を示す体質性黄疸ジルベール症候群を併発した糖尿病患者における血管合併症発症頻度を検討した。ジルベール症候群併発糖尿病患者の網膜症、蛋白尿、虚血性心疾患の頻度は、12.5%、3.1%、2.1%と対照群糖尿病患者の32.8%、16.2%、12.3%に比較して有意に低率であった。年齢、性別、血圧値、BMI、TC、LDLコレステロール、TG、HDLコレステロール値で補正したオッズ比は、網膜症で0.22(P<0.01)、蛋白尿0.20(P<0.01)、虚血性心疾患0.21(P=0.04)と著名な低下を認めた。
低濃度(5mmol/L)のグルコースと、高濃度(20mmol/L)のグルコースとその濃度を交互にして血管内皮細胞を培養して細胞障害(アポトーシス)を観察したところ、
この順に細胞障害が増加することが分かった。下図の矢印の部分がアポトーシスを起こした細胞である。
実際に糖尿病と新規に診断された15例の患者さんに持続点滴をして6時間ごとに270mg/dlの血糖値と正常化を繰り返し変動させる群、270mg/dlの高血糖維持の群、180mg/dlの高血糖維持の群で、血糖値と血管内皮機能の指標FMDとニトロチロシンを調べて比較した臨床実験結果が報告された。一例のデータを下図に示すが、血糖変動群における高血糖時期(12、24時間後)には、持続高値群と比較してFMDは同程度または有意な低下を、ニトロチロシンは同程度または有意な増加を示し、繰り返す大きな血糖変動は持続的高血糖よりも、血管内皮機能と酸化ストレスの障害が強くなることが示された。
血糖変動を表すMAGE(Mean Amplitude of Glycemic Excursions)と酸化ストレスの関係を見てみると高い相関係数で比例する。
耐糖能と認知症の関連を久山町研究で見てみると、糖代謝に問題ない人の認知症発症危険度を1とすると、IGT(耐糖能障害)で脳血管性認知症は1.6、アルツハイマー病は1.3倍、レビー小体病は0.9の危険度であった。図は講義で使われたものではないが、糖代謝レベルによっても脳血管性認知症、アルツハイマー病の発症リスクが異なる。図の下段に示されているが、両疾患群において空腹時血糖値でみた際には、それほど有意な差はないが、食後血糖値で分けてみた際には、値が上昇するにつれ、両者の危険度が有意に上昇している。
糖尿病のモデルマウスdb/dbマウスの実験ではコントロールマウスに比べ大脳皮質や海馬においてスーパーオキサイドの産生や過酸化脂質の合成は上昇しているが、認知症の原因物質と考えられているアミロイドβの沈着は増えていない。脳内のマクロファージと言われるミクログリアが認知症発症において関しているのではないかということが近年注目を浴びている。また、インクレチン関連物質の多面的効果にも注目があり、GLP-1の効果も多面的である。
ストレプトゾトシン投与マウスにPKC-β特異的阻害剤を投与すると尿中アルブミンが低下することが示されているが、GLP-1投与でも、同様の効果があり、直接的DAG-PKC経理御抑制と考えている。
DPP-4阻害薬の構造は他の薬剤に比べ、薬剤間でかなり異なっているのが特徴的であり、それが、薬剤間の効果の差をもたらしている。
キサンチンからキサンチンオキシダーゼで作られる尿酸も抗酸化作用がある。
テネリアの構造の一部はが、この構造に似ており、抗酸化作用が期待される。
フェントン反応Fe2++H2O2 →Fe3++HO- +HO・ も過酸化物を出す反応のひとつであるが、この反応で産生された過酸化物をテネリアはトラップしている。おそらく右端の五印環のS気が酸素と二重結合を形成するものと考えられる。実際この構造はテネリアの代謝物で14.7%形成される。
このことを加味すると、DPP-Ⅳ阻害薬にも抗酸化の効果も期待できる。