川村所長の勉強会参加記録

2015.10.26

胸痛の心電図診断 小菅雅美 先生

2015年10月13日 
演題「胸痛の心電図診断」
演者: 横浜市立大学付属市民総合医療センター 心臓血管センター 客員准教授 小菅雅美 先生
内容及び補足「
肺血栓塞栓症PEの初発症状は、息苦しさ63%、胸痛48%であるが、どの症状もPEに特徴的な所見ではなく、この疾患を疑って検査を行うかどうかが、早期診断のカギになる。

Clin Cardiol 2001;24:132-138
肺塞栓症の危険因子は多岐にわたっているが、こういった危険因子を持つ症例が急性増悪した場合には、PEの発症を疑ってみるべきである。

Clin Cardiol 2001;24:132-138


http://circ.ahajournals.org/content/126/16/2020.full

PEの心電図所見はProg Cardiovasc Dis 1975 17 247-57
に記載されているようにS1Q3T3、右脚ブロック、肺性P、右軸偏移、S1S2S3 pattern(I、II、III誘導のいずれの誘導でも、S波がR波よりも大きいもの)、Ⅲ誘導の陰性T波、低電位、時計方向回転などがいわれているが、特異的な所見はない。
川崎医科大学で肺動脈造影・肺血流シンチあるいは剖検にて確信し得た急性肺塞栓43例(男性21、女性22:19~83歳:平均60.8±15.8歳)を対象とした心電図所見を下図に示す。

急性冠症候群(ACS)、急性肺血栓塞栓症(APE)の心電図を見てみると、V1-V3にかけて陰性T波を認め、かなり似通った心電図となっている。これらの疾患を心電図である程度判別することは可能だろうか?

心電図の読みを困難にしている原因の一つに、肢誘導の配列が心臓の位置関係を表していないことがある。これを心臓の位置関係に並べ替えたものがCabrera sequenceという。
下図の真ん中の心電図が一般的な右冠動脈閉塞症の心電図である。これをカブレラ配列に並べ替えたものが左端の心電図である。心電図波形が徐々に変化していて、病態が考えやすい。

先ほどの心電図をカブレラ配列に変更してみると、

陰性T波がACSではaVLや1誘導でみられるのに、APEではaVFや3誘導で認めており、複数例で陰性Tの発現頻度を見てみると、下図のように二つの疾患における違いが確認できる。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3760560/
この違いはどこからきているかというと、ACSにおいては、aVL誘導は上位側壁を、1誘導は下位側壁の心筋梗塞による変化を表しており、APEにおいては、3誘導は下壁右側の、aVFは下壁中央の心筋負荷を表しているからと考えられる。
胸部誘導では陰性T波の深さがACSではV2-3誘導でより深くなっているのに比べ、APEではV1-2導がより深くなっている。
A:3誘導、V1誘導で陰性T波を認める
B:陰性T波のピークがV1またはV2誘導で認める
として心電図異常を認めるAPE症例を検討してみるとA+B:76%、Aのみ11%、Bのみ11%であった。
APE症例における血液動態の変化は:肺動脈圧の急激な上昇⇒右室圧上昇⇒右室拡張⇒右室圧負荷
となり、右室下面の電位変化を表す3誘導、右室前面の電位変化を表すV1-2誘導に変化がみられるということは、APEによる心臓への負担部位がその誘導が接する面まで広がっているということになる。
心電図変化が出ているということは、かなりの重症であり、多数の誘導に変化があると、より重篤であるということは絶えず念頭に置いておく必要がある。

APEにおけるST低下の機序として1.右室のST上昇のミラーイメージ、2.心内膜虚血の二つの機序が考えらえている。
心臓23:1291-1297,1991に掲載されている「ホルタ―心電図記録中に発症した広範肺塞栓症の一例」の心電図記録を見てみよう。
午前8時22分には無症状で洞頻脈と心室期外収縮の散発を認めるのみであった。8時45分洞頻脈(毎分130)とV5でSTが上昇し動悸を訴えている。

8時46分には突然除脈化(毎分50)し、房室結節性補充調律となり、V1でSTが上昇し失神している。

つまり、V5のST低下がV1のST上昇よりも先行しており、ミラーイメージ説は否定的である。
aVR誘導のST上昇は、左前下行枝近位部の閉塞か左主管部の閉塞を表しており、非常に大切な所見である。非ST上昇型心筋虚血の場合には、三枝病変は広範囲の心筋虚血を表している。
http://heart.bmj.com/content/83/6/657.full
しかし、心電図で異常所見を呈する重篤な疾患は虚血性冠動脈病変だけでなく、急性大動脈解離もあり、この疾患の存在を念頭に置いて対応することは重要である。
409例の大動脈解離の検討では、52%にST-T変化、21%に左室肥大や脚ブロックを認め、27%では心電図異常を認めなかったとの報告もある。
当然、スタンフォードA型の解離でST変化が多く、その機序としては、冠動脈開口部が解離による影響を受ける場合と心タンポナーデになる場合が考えられている。
解離の進行具合の関係で右冠動脈が多いといわれている。aVRのST上昇例ではショックが64%に認められ、死亡率も高いといわれている。
心電図で心筋梗塞と診断した際に、動脈解離の可能性を一度否定しておくことは治療選択の上からも必要である。


http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=192401

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