川村所長の勉強会参加記録

2023.08.06

難治性高血圧に対するARNIの可能性 菅野康夫先生

2023年8月4日 

演題「難治性高血圧に対するARNIの可能性」

演者:けいゆう病院循環器内科部長兼集中治療センター部長 菅野康夫先生

場所: TKPガーデンシティPREMIUM横浜ランドマークタワーカンファレンスルーム

内容及び補足「

心不全のステージ分類を見てみると、心不全症状が出現した段階はすてーじCであり、心臓に変化が出た虚血性心疾患や左室肥大などが出現した時点ではステージB、心臓に変化が出ていない高血圧、糖尿病、総脈性疾患などの状態はステージAとしている。つまり心不全の症状が出現する前から心不全対策として、高血圧や糖尿病、動脈硬化性疾患を治療していく必要があると考えるべきである。

血圧というものを考えてみると、いろいろな因子が複雑に絡み合っている。自分なりにまとめてみると下図のような関係があるといえる。

心不全が出現してくる過程での心臓の変化は、左室肥大がない状態で拡張期障害が出現し、その後左室肥大が見られ、そののちに左室駆出率は保存されているが心不全の臨床症状が出現する。その後心拡大が出現し、左室駆出率も低下してくる。

J Am Coll Cardiol HF 2017;5:543–51

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213177917303177?via%3Dihub

 

血圧が120/80mmHg未満の正常血圧、120-129/80(未満)mmHgの正常高値血圧、130-139/80-89mmHgのステージ1高血圧、140/90mmHg以上のステージ2高血圧で心不全や心房細動、心筋梗塞、狭心症、脳卒中などの発症リスクを比較してみてみるとステージ2では有意に高値となるが、血圧が高値になるほどその頻度はやはり上昇している。つまり高血圧の管理が重要であるといえる。

A:heart failure、B:atrial fibrillation、C:myocardial infarction、D:angina pectoris、E:stroke、F:composite end point

Circulation 2021 143 2244-2253

file:///C:/Users/jeffbeck/Downloads/CIRCULATIONAHA.120.052624.pdf

 

2007年であるが、日本人のリスク要因別の関連死亡者数を見てみると喫煙が一番関与しているが、循環器疾患に限ってみてみると高血圧が一番関与しているといえる。

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/backdata/02-08-04-01.html

 

2017年のデータになるが高血圧患者数は4300万人になり、そのうち治療されコントロール良好である人の数は1200万人で27%しかおらず、治療受けられているがコントロール不良が1250満人29%にも及び、それ以外の高血圧患者は治療すら受けていないのが現状である。

2019年のガイドラインから120未満、120-129、130-139mmHgの血圧値についての呼称が変わり欧米並みの分類となった。

降圧目標も130/80mmHg未満が目標となった。当然基礎疾患や患者の状態により目標値は異なるように設定されている。

高血圧の予後影響因子としては、年齢(65歳以上)、喫煙、脂質異常症、糖尿病などの因子と、脳失血管病の既往、非弁膜症性心房細動、タンパク尿・微量アルブミン尿、CKDなどの臓器因子などによりリスクが層別された。

血圧レベル別で高血圧管理計画を下図のように立てることが推奨されている。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/109/3/109_512/_pdf

 

SPRINT研究:米国で行われた50歳以上の本態性高血圧患者で120mmHg未満を目標とする厳格降圧群と140mmHg未満を目標とする通常降圧群に分け治療を行った。結果は、複合CVD発症、全死亡、複合CVD発症+全死亡のいずれにおいても厳格降圧群が有意に少なかった。問題点は、脳卒中既往者、糖尿業患者、ステージの進行したCKD患者が含まれていなかったので、リアルワールドの高齢者高血圧管理の指標としては会わない点が指摘されている。

N Engl J Med. 2015 Nov 26;373(22):2103-16.

https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1511939

 

JAMA Cardiolに42の試験144220症例のメタアナリシスの結果が乗っている。

各血圧の群ごとにMajor Cardiovascular DiseaseのHazard ratioを算出してみると、低い血圧であるほどリスクが低いことがわかる。

死亡率を見てみると先ほどの図よりは明確ではないものの血圧が低いほど予後が良い傾向が見らえている。

JAMA Cardiol. 2017;2(7):775-781.

https://jamanetwork.com/journals/jamacardiology/fullarticle/2629537

 

STEP試験:60歳から80歳の中国人高血圧患者を、4243例の強化治療群と4268例の標準治療群で経過を見た中国の臨床研究では、1年後の収縮期血圧の平均値は、127.5mmHgと135.3mmHgで追跡期間中央値3.34年時点での主要転帰イベントは強化治療群で147例(3.5%)、標準治療群では196例(4.6%)で有意に差が見られた。Hazard RatioはStrokeで0.67、急性冠候群で0.67、急性非代償性心不全で0.27、冠血行再建0.69、心房細動0.96、心血管系の原因による死亡0.72と有意さを認めた。

NEJM 2021 585 1268-1279

 

治療薬の選択の考え方

薬剤の積極的適応がある場合は、心疾患やCKD、糖尿病があり微量アルブミン尿やタンパク尿が存在する場合には、RASS系阻害薬をまず念頭に考える。それらの疾患がない場合には、RASS系阻害薬、カルシウム拮抗薬、サイアザイド利尿薬のうちから選び、それらの組み合わせ、でも改善泣ければ、MRA、βブロッカー、α遮断薬の上乗せを考慮する。

個々の薬剤に対して、積極的な適応病態として2019年高血圧ガイドラインでは下図のようにまとめている。

個人的には2019年のガイドラインの記載に対して、以下の点が気になっている。

サイアザイド利尿薬は予後改善のエビデンスが少ない。

MRAはエビデンスが多いのにもかかわらずガイドラインに掲載されていない。

ARNIはPARADIGM-HFやPARAGON-HFでよい結果が出ているが記載がない。

LVEFの低下していないHFpEFの言及がない。

次回の高血圧ガイドラインで修正されることを期待している。

 

PARADIGM-HF試験:8442例のNYHA2~4の心不全患者にenalapril 10mg/dayとARNI(LCZ696) 200㎎/dayの投与で、Primary outcomeはARNI群で914例(21.8%)、enalapril群で1117例(26.5%)に認め、死亡はARNI群で711例(17.0%)、enalapril群で835例(19.8%)に認め、心血管死は558例(13.3%)、693例(16.5%)と有意にARNI群で少なかった

N Engl J Med 2014 371 993-1004

https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1409077

 

PARAGON-HF試験:NYHAで2~4のEF≧45%の心不全患者4822例に対して、Valsartan 160㎎の2回投与とARNI(sacubitril 97mg with valsartan 103mg)の2回投与を行った。主要転帰イベントは、ARNI群の526例で894件、Valsartan 群の557例で1009件発生した。P=0.06 と有意さは出なかったが、心血管原因死はARNI群で8.5%、Valsartan 群で8.9%であり、心不全による全入院数はそれぞれ、690件と797件であった。主要転帰イベントは、P=0.06 と有意さは出なかったが、ARNI投与により低下する傾向は認めた。

N Engl J Med 2019; 381:1609-1620

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1908655

 

以上の臨床治験のデータを踏まえて2019の高血圧ガイドラインを修正すると以下の表のように変更することは可能であると考える。

今流にいえば、心不全に対してピッチャーで高血圧に対しては代打(バッター)で二刀流の薬剤であると言える。

 

治療抵抗性高血圧とは、2009年の高血圧治療ガイドラインでは『生活習慣の修正を行ったうえで、利尿剤を含む適切な用量の3剤以上の降圧薬を継続投与しても、目標血圧まで下がらない場合を治療抵抗性高血圧と定義した。

心不全及びHFpEFの患者においてはしばしば治療抵抗性の高血圧を有している。

PARAGON-HF試験で全体の731例の患者(15.2%)で治療抵抗性を示し、135例の患者(2.8%)でMRA耐性高血圧が示された。

Valsartan をARNIに変更することにより治療抵抗性高血圧患者においては約5mmHg、MRA耐性高血圧患者においては約10mmHgの低下が期待できる。

 

副作用の発現に関しても、Valsartan に比べクレアチニンの上昇や高K決勝の発生頻度はARNIのほうが少なくより安全であるといえる。

Euro Heart J, 2021,42 3741–3752,

https://academic.oup.com/eurheartj/article/42/36/3741/6352587?login=false

 

日本人20歳以上の軽度から中等度の高血圧患者1161例に対してANRI 200㎎(387例)とANRI 400㎎(385例)、オルメサルタン20㎎(389例)の1日一回8週間投与の比較試験(A1306試験)では、オルメサルタンよりも治療効果はよくすぐれた血圧減少をもたらした。

経時変化でも一週間で平均収縮期血圧の低下を認めており、早くて強い降圧効果を実感でき、アドヒアランスの向上が期待できる薬剤である。

Hypertens Res. 2022 May;45(5):824-833.

https://www.nature.com/articles/s41440-021-00819-7

24時間に渡りオルメサルタン20㎎よりもしっかり降圧されており夜間も十分に降圧できている結果であった。

難治性高血圧患者において、ARNIは有効や薬剤であるといえる。

 

現在、けいゆう病院循環器内科は、自分と、副院長である永見先生、千葉先生、カテーテルアブレーションやペースメーカ治療の扇野先生、最近来てもらった合田秀太郎先生、女性の山崎由里江先生のメンバーで頑張っていて、近々循環器のオンコール045-306-9223(9:00-19:00)を稼働させる方向で検討しています。是非ご利用ください。

 

 

 

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