川村所長の勉強会参加記録
2016.11.28
重症筋無力症 山口 滋紀先生
2016年11月03日
演題「重症筋無力症」
演者: 横浜市立市民病院神経内科部長 山口 滋紀先生
場所:神奈川県総合医療会館
内容及び補足「
概念:筋肉の力が弱くなり目が明けづらい、疲れやすい、喋りにくいなどの症状が生じる自己免疫性疾患である。
日本での推定患者数は2006年のデータで約2万人(内眼筋型20%)、有病率は人口10万人当たり11.8人、男女比は、およそ1:2(1:1.7)で女性に多く、男性では10歳以下と50歳代に、女性では10歳以下と30歳代に発症年齢のピークがあり、胸選手の合併率は20~30%である。
まぶたが下がる(眼瞼下垂)、物が二重に見えるなどの目の周りの筋肉に症状が現れる眼筋型(幼・若年層に多い)と全身に症状が現れる全身型(中年層に多い)に分けられる。
関節リウマチ、甲状腺機能障害などの他の自己免疫疾患が合併する場合が少なくない。
病因:
脳からの指令によって神経終末より遊離される情報伝達物質(アセチルコリン)の筋肉側の受け皿(アセチルコリン受容体)が、十分に機能できなくなることによっておこる。アセチルコリン受容体の働きを妨げる物質(アセチルコリン受容体抗体)が体内で作られて、指令が筋肉に伝わりにくくなることが原因(抗谷アセチルコリン受容体抗体が検出されない例が23.9%存在)。
重症筋無力症の患者さんでは胸腺に異常がみられる場合があり胸腺が発症原因にかかわっていると考えられている。
神経筋接合部において、アセチルコリンが神経終末から筋肉に向けて放出され、脳からの指令を伝える。重症筋無力症では、その指令を受け取るアセチルコリン受容体抗体とアセチルコリン受容体の集合に重要な働きをする筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(マスク)に対する抗体が陽性である。
臨床的特徴
運動の反復に伴い骨格筋の筋力が低下し(易疲労性)、休息により改善する。午前中は症状が軽く夕方に悪化する(日内変動)、日によって症状が変動する(日差変動)がある。
初発症状としては、眼瞼下垂や眼球運動障害による複視などの眼症状が多い。
四肢の筋力低下は近位筋に目立ち、嚥下障害、構音障害、呼吸障害をきたすことがある。
症状には左右差を認めることが多い。
検査:
筋電図:末梢神経(正中神経、顔面神経など)の連続刺激(1~20Hz)を行い振幅の減衰を確認する。
抗アセチルコリン抗体測定:MGに特異的であり正常は0.2nM以下である。抗体値とMGの重症度や病勢は必ずしも一致しない。全身型重症筋無力症の患者の80~90%で検出されるが、眼筋型の患者では陽性率は低くなる。抗マスク抗体:抗アセチルコリン受容体抗体の陰性の場合、薬20%の患者にマスク抗体がみられる。
テンシロン試験:エドロホニウム(アンチレックス)を使用し、静注後すぐに眼瞼下垂などの症状が改善することを確認する。静注の効果は1分以内に現れ、3~5分持続する。
アイスパック試験:冷凍したアイスパック(冷蔵庫では効果が不十分)をガーゼなどで包み、3~5分間上まぶたに強く押しあて、まぶたが下がる症状が改善すれば陽性。
胸腺異常の有無をCTやMRIで確認する。
自己免疫疾患の有無も血液検査などで確認する。
治療
近年の治療方針
1. 早期から強力な治療を行い、症状をなるべく早く改善する
2. 胸腺摘出の適応は一部の患者に限られる(抗マスク抗体陽性の患者は胸腺摘出で改善しない)
3. カルシニューリン阻害薬などの面影記帳節約を上手に用い、副腎皮質ステロイドは少量にとどめる
+症状に応じて追加する治療。組み合わせは患者によって異なる。
1) 症状によっては胸腺摘出術前にステロイド、免疫抑制薬、免疫グロブリン、血液浄化療法などの治療を行うことがある
2) 早期発症とは概ね40歳代までの発症をいう。このうち胸腺の肥大(過形成)が疑われる場合胸腺摘出術が考慮される
3) 眼瞼下垂に有効であるが、効果は個人差がある
高コリンエステラーゼ薬:神経筋接合部でのアセチルコリンの分解を抑え、神経筋伝達を一時的に改善する。
メスチノン(30分以内に効果が発現し、2~4時間持続する)、マイテラーゼ(4~8時間持続)などが用いられる。
効果には個人差があり、副作用として下痢などの消化器症状がある。
副腎皮質ステロイド:自己免疫反応を抑える目的で使用される。プレドニゾロンが多い。
初期増悪を避けるため、漸増法が用いられ、連日または隔日投与で使用される。一日量で最大60㎎(または1㎎/体重1㎏)まで増量し、十分な効果が出るまで維持し(1~3か月)、時間をかけて漸減していく。5㎎連日(10㎎隔日)を目標に減量する。
最近は他の治療を早期から併用し、ステロイド量を少量にとどめる方向に変化している。
ステロイドパルス療法:
メチルプレドニゾロン静脈内大量投与であり、軽症から中等症の全身型や眼症状のみの例にも使用される。
改善が速く、副作用も比較的少ないが、初期増悪を伴うために、投与量、投与タイミングの判断が重要である。
免疫抑制剤:シクロスポリン(ネオーラル)、タクロリムス(プログラフ)が保険適応になっている。
リンパ球(T細胞)の活性化、増殖を阻止する。症状の改善、ステロイドの減量が期待できる。効果に個人差があり、30%で有効性が期待できない。
シクロスポリンでは高血圧、腎機能障害、タクロリムスでは糖尿病発症に注意が必要であり、血中濃度をモニタリングして投与量を調節する。
血液浄化療法:血中に含まれるアセチルコリン受容体抗体などの自己抗体を除去する。体外循環による免疫調節機能も有していると考えられている。
症状改善効果が強く、血液浄化療法と直後の強力な免疫治療を組み合わせることで有効性が高まり、重症の全身型に対して積極的に行われる。
血液製剤の補充が不要な免疫吸着法が多くおこなわれるが、抗体院生例では反応に乏しい例があり、その場合には、単純血漿交換または二重膜濾過法が用いられる。
免疫グロブリン大量静注法:免疫グロブリン製剤を1日量(400㎎/体重1㎏)を5日間点滴静注する。
血液浄化法とほぼ同等な効果を期待できる。
胸腺摘出術:胸腺腫のある場合は絶対手術適応となる。
胸腺腫がない場合も若年発症、アセチルコリン受容体抗体陽性で全身型の患者では過形成と呼ばれる胸腺異常が約半数例に見られ、胸腺摘除が考慮される。
胸腺腫を有していない非若年(50歳以上)発症例に対する胸腺摘出術の有効性は不明である。
従来の胸骨正中切開に加えて、美容的にも優れ侵襲の少ない胸腔鏡や縦隔鏡を用いた術式も用いられている。
重症筋無力症クリーゼ:重症筋無力症では、症状が急激に悪化して呼吸困難を起こす場合があり、この状態をクリーゼという。感染や過労などをきっかけとして引き起こされることが多く、緊急処置が必要となる。
人工呼吸管理を施し、血液浄化療法を行う。またクリーゼの治療とともに、免疫治療などの根治療法を行う必要がある。
予後:
治療薬や治療法の進歩によって生命時予後は著しく向上している。
特異的自己抗体が測定可能になったことによる早期診断と治療により80%の症例は軽快又は寛解する。約半数の患者は、日常生活や仕事上、支障のない生活を送ることができる。さらに、完全寛解する患者は6%程度である。一方で、治療によってもあまり症状の改善がみられない患者が10%程度存在する。
重症筋無力症情報サイトMGスクエア
日本神経学会:重症筋無力症診療ガイドライン2014
難病情報センター:重症筋無力症
全国筋無力症友の会