川村所長の勉強会参加記録
2016.02.25
膵癌早期診断の最前線 JA尾道総合病院 花田敬士先生
2016年2月19日
演題「膵癌早期診断の最前線」
演者: JA尾道総合病院 消化器内科部長 花田敬士先生
内容及び補足「
尾道市は広島県東部に位置し、40万人ほどの人口に対して尾道市医師会に入っている医師が約400人程度の規模の中核病院である。
膵癌早期発見のために、以下の図に示すように医療機関と連携を取っている。
下図に示すような地域連携パスを利用している。
膵癌死亡者数男性2015年162000人、2016年16600人(5位)、女性15700人、20116年16200人(4位)と増加している。2001年にGemcitabineやS-1などの抗腫瘍薬の進歩により治療成績は改善されているが、5年生存率は1981‐1990年の6.7%、1991‐2000年の10.9%、2001-2007年の13.0%と改善が乏しい。
2007年の段階で膵癌のstage別の予後は下図のような状況である。
Pancreas 41;985-992,2012
膵臓は解剖学的に後腹膜に位置する20㎝弱の横長の臓器で厚さは20㎜前後と小さく薄い臓器である。そのため、膵癌は外部に露出しやすく隣接臓器へ浸潤しやすい。
腫瘍径2㎝未満でも膵内に限局しているもの(Stage Ⅰ:全膵癌の4%程度)に限っても5年生存率は52.5%(膵腫瘤検出有:34%、膵腫瘤検出なく黄疸ないもの:69%)に過ぎない。
日本膵臓学会の膵癌登録の1981年~2004年のデータでは2㎝以下のTS1に該当する患者は184例であり、このうちStage1に該当するものは、膵頭部でわずか15.3%、膵体・尾部で33.3%にしかすぎず、2㎝以下の腫瘍径であっても、膵癌は早期癌といえない。
2011年肝胆膵(62:567-573)に報告したが、腫瘍径1㎝以下の症例は約75%がStageⅠに該当し、5年生存率が55%であり、この大きさ以下の状態で見つけることが大切だといえる。
膵癌の臨床症状は、腹痛が最も多く、次いで黄疸、腰背部、痛体重減少がみられるが、初発症状がないことも少なくない。
3年以内の急激な糖代謝障害の発症が膵癌症例の約半数に認められるため、明らかな増悪因子のない糖代謝悪化症例は要注意である。
自験例の1cm未満の膵癌の所見は以下のものが挙げられる。
全膵癌の0.8%で、約40%は無症状である。CEAの上昇は15%、CA19-9の上昇は39%に見られる。
画像所見としては、大半の症例に軽微な膵管の拡張と嚢胞性病変が描出され、その精査で確定診断に至っている。
各画像検査の異常所見の描出率は、超音波17-70%、造影MDCT 33-75%、超音波内視鏡92-96%であり、検査の正診率は、EUS-FNA(超音波内視鏡穿刺吸引細胞診)92-96%、ENDP(内視鏡的経鼻膵管ドレナージ)下複数回細胞診88%である。
下図に2008年日本膵臓学会ワークショップでの臨床像を提示する。
1㎝未満の大きさの膵癌を見つけることは基本的には困難であるから、腫瘤の発見ではなく、膵管の異常を検出する方法へと検査の主眼を変更する必要がある。
膵癌診断のアルゴリズムは下図のように、身体的侵襲の少ない検査から行うようにされていたが、新しいガイドラインでは超音波内視鏡をMDCT、MRI(MRCP)と同列に扱おうという意見が主流となっており、超音波内視鏡検査ができる医師の育成、機関の増設が必要である。
超音波内視鏡は胃や十二指腸の壁を通して、膵臓を至近距離から観察することができるばかりでなく、鉗子を使って穿刺吸引細胞診も行うことができるので非常に有用な検査である。
膵癌の発生メカニズムについてはしばらく不明のままであったが、2000年にRalph H. Hrubanが多段階遺伝子異常説を提唱し研究が発展した。
K-rasのポイント・ミューテーションやHer-2/neuの過剰発現が起こり、ついでp16遺伝子の不活化が起こり、その後でp53、DPC4やBRCA2遺伝子の不活化により発癌するとする流れである。
Progression model for pancreatic cancer. Normal duct epithelium progresses to infiltrating cancer (left to right) through a series of histologically defined precursors (PanINs). The overexpression of HER-2/neu and point mutations in the K-ras gene occur early, inactivation of the p16 gene at an intermediate stage, and the inactivation of p53, DPC4, and BRCA2 occur relatively late.
http://clincancerres.aacrjournals.org/content/6/8/2969/F1.expansion.html
Yachidaらはがんで死亡した症例の病理検討から膵癌の遠隔転移までの期間を推定した。
遺伝子異常を認めてから発癌するまでに11.7±3.1年、局所で発育する期間を6.8±3.4年、遠隔転移をするまでに2.7±1.2年と推計した。
http://www.nature.com/nature/journal/v467/n7319/full/nature09515.html
時を同じくして数理統計の方から膵癌の発育自然史を計算した九州大学理学研究院生の波江野洋が報告した。
膵癌の遺伝子p16、p53、smad4遺伝子変異を有する癌細胞、有さない癌細胞を仮定し、各細胞の増殖、死亡、変異、転移イベントを想定して出生死亡過程によるシミュレーションを行い、膵癌の臨床像における癌進展の再現を試みたものである。
診断時の腫瘍サイズが1㎝であれば、診断時に転移している確率は20%強であり、2㎝になると85%程度となることが示された。
奇しくも、早期膵癌の腫瘍径が2㎝では実情と会わず、1㎝にしようと検討されている現状を、他分野の研究結果が後押しをした形となった。
田中らは超音波で膵管拡張および膵嚢胞性病変などの軽度の異常を認めているが膵癌を否定された1058例を登録し、平均75か月追跡したところ12例に膵癌が認められ(うち42%がStage1)、膵体部で2.5mm以上の主膵管軽度拡張、長径5mm以上の膵嚢胞が高危険群として位置付けられた。これらの異常を拾い上げる方法として、感度、特異度ともにCTよりは超音波検査が優れていることを報告している。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20574084
現在膵癌診療ガイドラインでは危険因子を以前の項目をふまえ下表のごとく考えている。
IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)があれば、年率1%で膵癌が発症しているので、注意深い経過観察が必要である。
リスクの高い集団においては、積極的なスクリーニング検査と、膵管拡張や嚢胞性病変を認める症例においては、継時的な検査が必要である。
IPMNは膵管から発生し、腫瘍細胞が粘液を多く産生することにより、種々の膵管拡張を来す疾患。主膵管から発生する主膵管型、分岐膵管から発生する分岐型、および混合型に分類される。この腫瘍は、発生初期には良性であるが、進展に伴って癌化するので、適切な時期に手術治療を行うことが重要になる。
男女比は2:1と男性に多く、好発部位は膵頭部で、悪性のものは主膵管型に多く、主膵管型は80%、分岐型は20%とされており、主膵管型は手術適応となるが、分岐型では嚢胞径が25㎜以上、主膵管径7㎜以上、結節隆起の高さ6㎜以上のものが手術適応とされている。
IPMNの手術例の5年生存率は78%で通常型膵癌に比較して良好な予後が得られている。しかし、多臓器浸潤や穿破したものでは予後が悪い。
上記のように通常膵癌(PanIN)の方がIPMN由来膵癌よりも予後が悪いのは、ガンの浸潤形態が下図のように、PanINの場合、分岐膵管上皮にできたがん細胞が実質臓器側に浸潤していくのに対して、IPMN由来癌の場合には膵管の方へ癌細胞が増殖・浸潤していくためだと考えられている。
また、IPMN症例では通常膵癌の併存が少なくなく、膵臓全体の経過観察が重要である。
膵癌の予後改善のためには、Stage 1よりさらに早期のStage 0に相当するいわゆる膵上皮内癌レベルの診断が理想である。
膵上皮内癌は腫瘍そのものを画像で補足することは不可能であり、主膵管や分岐膵管の狭窄や狭窄後拡張、膵嚢胞性病変を検出し、精密検査を行う必要がある。
2007年12月から2014年6月までの期間で、主膵管の限局性狭窄があり、分岐膵管の拡張を認めた69例において83回ENDPを施行した。
細胞診陽性の23例中22例が膵癌で、1例は偽陽性であった。細胞診陰性の46例中3例に膵癌が見られ、感度88%、特異度97%、正診率94%であった。
我々は、ERPに引き続き、限局性膵管狭窄を呈する症例に積極的に内視鏡的経鼻膵管ドレナージ(ENPD)を導入し、繰り返し膵液細胞診を行うことで、現在までに18例の膵上皮内癌を診断し得た。
膵臓の所見としては、主膵管の異常のみが10例、主膵管の異常+嚢胞病変が5例で、頭部が4例、体部が11例、尾部が3例であった。
腫瘍の局在は主膵管+分岐が10例、主膵管が4例分岐のみが4例であった。
現在この方法の問題点は、
膵癌の切離線をどこに設定するか
ENPD細胞診の回数をどうするか
ENPD留置の合併症をどうやって減らすか(7例で腹痛を認めている)
尾部や鈎部の症例をどうやって検出するか
といった点である。
腹部超音波所見では、主膵管の限局性狭窄が15/16=94%に見られた。
狭窄した膵管壁に高エコー帯がみられる例が13/16=81%であった。
また、狭窄主膵管周囲に淡い低エコー領域が9/16=56%に見られた。
病理像では、癌が存在した狭窄膵管の周囲に腺房の脱落及び線維化を認める症例を高率に認め、脂肪細胞組織の沈着を7/16=44%に認めた。
頭側非癌部では慢性膵炎の所見は2/1=13%と低率であるが、非癌尾部では13/16=81%に慢性膵炎像を認めた。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/110/12/110_2051/_pdf
2007年1月1日より尾道市医師会で膵癌早期診断プロジェクトを展開しているが、2014年
6月30日までに膵癌危険因子を複数有する症例を中心に積極的に超音波検査を施行し、軽微な膵管拡張や描出不良を認めた延べ6475例に対して、4595例にCT検査、2866例にMRCP検査、2046例に超音波内視鏡検査(EUS)を行い、ERCPを576例、EUS-FNA検査を302例、ENPD留置を83例に対して行い、膵癌と確定診断がついたのが399例あった。そのうちStage 1の症例は33例であり、上皮内癌が16例であった。膵癌全体としての5年生存率は20%と広島県の平均の8.5%より改善している結果であり、この取り組みの有用性が示されたといえる。是非全国展開していきたいので、皆さんも病診連携会を通じて膵癌の早期発見の啓蒙活動に参加してください。
膵癌早期診断の最前線
膵臓癌 診療ガイドライン 2013年版
日本癌治療学会 膵がん診療ガイドライン 2015年版
腹部超音波診断ハンドブック