川村所長の勉強会参加記録
2019.03.07
SGLT2Iによる心腎関連への影響 佐野元昭先生
2019年3月1日
演題「SGLT2阻害薬による心腎関連への影響」
演者:慶應義塾大学医学部 循環器内科准教授 佐野 元昭先生
場所:横浜ベイホテル東急
内容及び補足「
1990年から2010年の間に2型糖尿病の合併症の頻度は、米国においては下図のように心筋梗塞や脳梗塞は半減し、下肢切断の頻度も減少してきたが、末期腎不全(end-stage renal disease :ESRD)に至る頻度はそれほど変化していない。
2型糖尿病患者の顕性アルブミン尿の患者は集学的な治療により約半数が微量アルブミン尿に戻すことができることが示されている。
Diabetes Care 201336(10)3227-33
1988-2014年の米国国民健康栄養調査から4期間で糖尿病の成人計6251人を抽出し、腎疾患の臨床像を横断研究で検討した。糖尿病性腎症の有病率に有意な経時的変化はなかったが、アルブミン尿の有病率が1988-94年の20.8%から2009-14年に15.9%へ低下する一方、推算糸球体濾過量(eGFR)低下の有病率は9.2%から14.1%へ上昇した。
eGFRが30~90mL/min/m2で尿蛋白陽性(尿中アルブミン:300~5000mg/gCr)の2型糖尿病患者を、カナグリフロジン(100mg/日)投与群またはプラセボ投与群にランダムに割り付けたCREDENCE試験が行われた。主要評価項目は末期腎不全、血清クレアチニンの2倍化、腎疾患または心血管疾患による死亡の複合だ。
中間解析の際に、実薬群でプラセボ群に比較して2割以上抑制されていたら、中止するという項目も加えられており、その抑制効果が認められたため、当初の計画よりも約一年早く試験終了となったと7月16日のJanssenより発表されたが詳しい情報は提供されなかった。
https://www.janssen.com/phase-3-credence-renal-outcomes-trial-invokanar-canagliflozin-being-stopped-early-positive-efficacy
これは、2001年のRenaal試験以来の糖尿病腎症のイベント抑制効果の試験結果発表となると騒がれた。
NEJM 2001 345 861-869
糖尿病性腎症の発症機構としては、高血糖に起因する細胞内代謝異常と腎臓内血行動態異常が想定されていて、この療法の機序においてSGLT2阻害薬は抑制的に働いていると考えられている。
それ以外にも、全身左葉として、血糖低下、血圧低下、脂質異常の改善、体重減少などの効果が腎臓に対して保護効果が期待できる。
また、SGLT2阻害薬は、糖尿病で障害されている尿細管糸球体フィードバック機構を改善することにより、輸入細動脈の拡張を是正し、糸球体高血圧を改善することが示されている。
糖尿病初期においては、糸球体でGFRが増加しており、近位尿細管においてSGLT2の発現が増加し、Na+/glucoseの再吸収は増加し、遠位尿細管へ移行するNa+が減少し、遠位尿細管の緻密斑(macula densa)が「Naclが減少し、GFRが低下している」と判断して、輸入細動脈を拡張させる。
SGLT2をブロックすることにより、ヘンレループ以降へのNa+/glucose輸送が増加し、緻密斑では、「NaClが増加し、GFRが増加した」と判断し、輸入細動脈拡張を解除し、糸球体内圧の低下を来して、腎保護に作用すると考えられている(tubular hypothesis)
http://www.kawamuranaika.jp/wp-content/themes/genova_tpl/img/images_mt02/2018.07.26.23.jpg
今回は、Hct上昇から腎保護を考えてみる。
循環器医にとっては、サイアザイド系利尿薬によってHct値が上昇するという認識はないが、SGLT2阻害薬の利尿効果によりHct値が上昇するという話がこの薬発売当初からよくされていた。
飲水励行が行われる前の臨床試験時のデータでルセフィ投与7日目のデータでルセフィ群とプラセボ群で、飲水量に変化はなく、一日の尿量にも変化がなかった。一週間後には,SGLT2阻害薬の利尿効果は消失していると考えられる。
一方SGLT2阻害薬投与後のHct値の変化を見てみると8週間かけてゆっくりと上昇しているのがわかる。Erythropoietin(EPO)の濃度の上昇により、網状赤血球(reticulocount)が増加し、ヘモグロビン値とHct値が上昇しているのがわかる。つまり赤血球造血の亢進によりHct値が上昇しているのである。
利尿薬であるHydrochlorothiazide:Hの投与ではHctほとんど変化が見られていない。
P:placebo, D:dapagliflozin, H:hydrochlorothiazide
Diabetes, Obesity & Metabolism 2013 15(9) 853-862
このEPOはどこで産生されるかというと尿細管周囲の線維芽細胞で産生されている。この線維芽細胞は、発生学的には、神経堤細胞由来の特殊な線維芽細胞で、尿細管が正常な状態では、EPO産生能力を有しているが、尿細管にストレスが加わるとこの線維芽細胞はEPO産生尿直を失い、間質を線維化させる悪玉線維芽細胞へ形質転換することが京都大学の柳田元子先生の研究グループにより明らかにされた。
J Clin Med Res. 2016;8(12):844-847
そのストレスがある時期に解除されると近位尿細管のダメージが回復することがあることが動物実験で示された。
J Clin Invest 2011 121(10) S981-90
近位尿細管における糖の輸送を見てみると、SGLT1では2個のNa+を、GLT2では1個のNa+とともにグルコースが輸送される。SGLTは細胞の外から内に向かうNa+の電気化学的勾配を駆動力として、糖を濃度勾配に逆らって輸送する。
Curr Top Med Chem. 2010;10(4):411-8.
近位尿細管は内腔側(下図の上方)に刷子縁(Bruch Border)があり、基底膜側には多数の細胞突起を着きだし、となりある細胞同士でかみ合って、細胞嵌合を作っている。下図の一つみられる大きな円状構造は細胞核であり、多数みられる小さな黒い円状、索上の構造がミトコンドリアで、他の細胞よりも数多くみられる。それだけ、より多くの根寝る偽を消費していると考えられる。ある研究によると、尿細管の産生するエネルギーの7~8割を上述のNa-K ATPaseが消費していることが示されている。
日腎会誌 2001 43 572-579
2型糖尿病になると、高血糖が持続し、尿糖の濃度が上昇してくる。このためSGLT2がより働くことになり、糖の再吸収が亢進することになる。
ラットの糖尿病モデルでの検討であるが、尿細管での酸素消費量を糖尿病患者とコントロールで比較してみると糖尿病患者において2倍以上に増加しているが、Phlorizinの投与により、統計上の有意差は消失している。
Total kidney O2 consumption (A) and tubular electrolyte transport efficiency [tubular Na+ transport (TNa)/renal O2 consumption (Qo2); B] in control (n = 12) and diabetic (n = 9) rats during baseline and after SGLT inhibition by phlorizin. *P < 0.05 vs. the corresponding baseline; #P < 0.05 vs. the corresponding control.
腎臓組織における酸素分圧は、糖尿病患者においては腎皮質において有意に低く、Phlorizin投与により、その低下は解除されている。182-0014 東京都調布市柴崎1-5-3の再吸収が抑制されることにより、酸素の消費量が減少し、組織における酸素分圧が上昇したと考えられる。
Renal cortical (A) and medullary tissue (B) Po2 in control (n = 12) and diabetic (n = 9) rats during baseline and after SGLT inhibition by phlorizin. *P < 0.05 vs. the corresponding baseline; #P < 0.05 vs. the corresponding control.
Am J Physiol Renal Physiol 2015 309 F227-234
以上のことをまとめると、糖尿病においては過剰なグルコースの再吸収が起こるため、近位尿細管細胞に代謝性ストレスが加わる。
そのためEPO産生線維芽細胞の形質転化が起こり、EPO産生の低下が生じる。
こういった低酸素、炎症、酸化ストレスはSGLT2阻害薬の投与により減少するので、形質転化した線維芽細胞が回復していると考えられる。
EPOの産生が亢進し、Hct血が上昇するので、Hct値の上昇は腎の微小環境が改善していることを示していると考えられる。https://www.jocmr.org/index.php/JOCMR/article/view/2760/1627
EMPA-REG Outcome Trailにおいて2型糖尿病患者にEmpagliflozin投与した症例でCV(Cadiovascular) Diseaseの死亡症例が38%減少した。
HbA1c、空腹時血糖、心拍数、LDLコレステロール、尿酸の上昇でCV deathは上昇し、HDLコレステロール、eGFR、Hct、眼もグロビン、アルブミンの増加はCV deathを減らす。
色々な因子で補正をするとHR(hazard ratio)は下表のようになる。
HR=0.615だったものがHctで補正すると、計算上HRは0.791となり51.8%も変化することになる。
Diabetes Care 2018 41(2) 356-363
2型糖尿病における心臓への影響は、虚血性心疾患、心肥大、糖尿病性心筋症という風に分類することもできる。
交感神経系の過剰な活性化が起こると、心拍数が増加し、動・静脈が収縮して、腎におけるNaと水の再吸収が亢進し、血圧が上昇し、心臓の後・前負荷が上昇し、心拍出量が増加する。
その結果腎臓の近位尿細管周囲の低酸素血症や炎症が生じ、糸球体にも圧負荷が生じる。曽於の結果交感神経系が活性化するという悪循環が生じる。
SGLT2阻害薬の投与により交感神経系の活性が低下し、EPOの上昇、ヘモグロビンの上昇、Hct値の上昇、心拍数の減少を来し、動・静脈が拡張し、腎におけるNaと水の再吸収の低下から血圧も低下し、心不全の入院を抑制していると考えられる。
そこで糖尿病患者における心拍数と心疾患死の危険度の上昇とSGLT2阻害薬の関与を調べてみた。
治療前の安静時心拍数ごとに、ルセオグリフロジン2.5㎎とプラセボ投与群の心拍数変化を見てみると、全体としては有意な差は見られていない。
しかし、治療前の安静時心拍数で分類してみると、安静時心拍数が高い患者程、治療12週後の心拍数の減少程度が大きく、治療前心拍数が70bpm未満の群では、ルセオグリフロジン2.5㎎投与による心拍数変化は観察されず、70bpm以上の群では有意な差を持って心拍数が減少し、80bpm以上の群では10bpm近く心拍数が減少した。
Journal of Diabetes Investigation 2018 9 638-641
Lancetに今までのSGLT2阻害薬投与におけるメタ解析結果が報告された。
心不全の入院においては、心不全入院の既往がある例においてより強い抑制効果がみられた。
腎機能の悪化予防については、動脈硬化性心血管疾患がある症例のみでなく複数の危険因子を持つ群においても効果がみられた。
Lancet 2019 393 31-39
以上のことを合わせて考えるならが、2型糖尿病患者さんにおいては、心不全のStage Bより積極的に使用するほうが良いと言える。