川村所長の勉強会参加記録
2023.09.13
生命の進化から考えるARNIの薬理学的特徴 西山成教授
2023年9月6日
Hypertension Web Symposium~減塩から降圧治療を考える~
演題「生命の進化から考えるナトリウム利尿ペプチドの薬理学的特徴」
演者:香川大学 医学薬理学講座教授 西山 成先生
内容及び補足「
我々の体液の塩分濃度は約0.9%であり、これはほかの動物や魚類も同じである。海水の塩分が平均3.4%であることを考えると、脊椎動物は淡水と海水が入り混じる汽水域で発生し、そこから、海中と陸上へと別々に移動していったと考える説が最近生命進化学のほうから提出されている。
体液の維持等観点で考えると、海水ではナトリウムを排泄必要があり、淡水では水を排泄する必要があり、ANP、BNPといったホルモンが、陸上では水とナトリウムを保持する必要があり交感神経(カテコラミン)、バゾプレッシン、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系が作り出された。
1心室しかない両生類では、高い圧を作ることができないため(40~60mmHg)、四つん這いでいる必要があり、陸上で生活するようになる脊椎動物では、頭まで血液を送るために高い圧(約100mmHg)が必要なので2心房、2心室になったと考えられる。魚類は、水中に生息しているので、体液の重さを水圧が減弱させてくれるので低くてよく(20~40mmHg)、1心房1心室の心臓であると考えることもできる。
しかし。人類は塩分の過剰摂取のため血圧をあげすぎてしまった状況になっている。
2017年の我が国の推計では高血圧患者は4300万人いて、適切な値に治療でコントロールされている人は1200万人で1-程度であり、実に約3/4の人がコントロール不良の状況にあると推計されている。
この間開催された、世界高血圧学会において日本のコントロール率は、アジア各国の中でワーストワンで、韓国や台湾の高血圧患者は約半数以上がコントロールされているとの報告があった。
減塩や運動指導を行っても高血圧が持続している場合には、内服薬での治療を行うことになる。それでもコントロールができていないのが現状であり、そういった状況下においてARNI(Angiotensin Receptor Neprilysin Inhibitor)という新薬が発売された。
ネプリライシン阻害薬であるサクビトリルとARBであるバルサルタンの複合体である。
複合体と合剤は全然別のものである。合剤は2つの薬剤を混ぜて一つの薬剤にしたもので、複合体は、2つの薬剤を結合させたものである。
実際、バルサルタンの半減期は約2時間であるが、複合体であるRENIのバルサルタンの半減期は2~3倍になっている。
ネプリライシンは、亜鉛依存的メタロプロテアーゼ(タンパク分解酵素)であり、
Neutral Endopeptidase(NEP)Membrane metallo-endopeptidase(MME)、Common acute lymphoblastic leukemia antigen(CALLA)、CD10ともいわれ、ナトリウム利尿ペプチド、ブラジキニンなどのペプチドを切断する。
参:ネプリライシンの基質には以下のものがあり、産生場所、効果発現場所、生理学的効果、心不全に対する予後は下表のようになる。
European Journal of Heart Failure (2017)19,710–717REVIEWdoi:10.1002/ejhf.799
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejhf.799
ネプリライシン阻害薬は、ナトリウム利尿ペプチドであるANP・BNPの分解を阻害し、これらの血中濃度を上昇させる。
進化の過程から考えてみると、脊椎動物は、海中で塩分を捨てる必要がある魚類においてはANP・BNPが必要であり、陸上で生活する場合には水やナトリウムを保持する必要があるため、レニンアンギオテンシン系を活性化しているといえる。
ANP・BNPは魚類では主役であるが、哺乳類では危機的状況でしか心臓から出てこないホルモンである。
ARNIは陸上生物において必要であるレニンアンギオテンシン系を阻害するARBと、水中生物において必要であるANP・BNPを増加させる薬剤である(陸上獲得ホルモンの阻害+海中ホルモンの活性化)。
話は変わるが、日本ウナギについて考えてみよう。
日本ウナギは太平洋のど真ん中で生まれ、回遊し、日本の川に来る。
海水と淡水の塩分濃度がまるっきり異なる環境で生息可能となっているのは、東京大学海洋研究所の武井先生や兵頭先生の研究で、ANP・BNP濃度を変化させているからだ問うことが判明した。
ANPは寒川賢治先生がラット用いた研究中に心房から分泌されるペプチドとして発見した。
その後BNPは脳で発見されBNPと名付けられたが、寝室からより多く分泌されていることが分かった。
向井政志先生が内分泌臓器としての心血管系、心臓血管ホルモンを研究していた際に、急性心不全の診断、治療効果判定にANP・BNPの測定が有用であることを見つけ、NEJMに報告した(N Engl J Med 1990; 323:757-758)。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/101/9/101_2552/_pdf
ナトリウム利尿ペプチドの主な作用として
- ナトリウム利尿作用(血圧低下)
- 血管拡張(血圧低下、腎血流増加)
- カテコラミン分泌低下(交感神経抑制)
- レニン分泌、アルドステロン産生低下
- アンジオテンシン2作用低下(RASS抑制)
- 組織のリモデリングや組織障害抑制
があげられる。
ARNIの作用はARB(塩分保持・血管収縮作用を持つRAAS系の阻害薬)+ナトリウム利尿ペプチド(塩分廃棄、血管拡張作用)であるが相加的な作用しかないのかという点を考えてみる。
塩分を過剰に摂取するとレニン活性が低下し、アンジオテンシン2濃度は減少し、RASS系は抑制される状況に通常はなる。
RASS系阻害薬投与患者を塩分摂取量別に予後を見てみると、2.5年の経過において、減塩している群においてCVイベントはそれ以外の群に比較して抑制される。ナトリウム利尿はARBの効果を増強している可能性が考えられる。
腎イベントにおいては、高食塩摂取群においてより多く、減塩群でより効果的なように見える。
Kidney International 2012, 82 330-337
https://www.kidney-international.org/article/S0085-2538(15)55554-3/pdf
相加的な効果というよりは巣状的な効果が期待でいるデータである。
A1306 試験でARNIとオルメサルタン20㎎の比較試験において、オルメサルタン20㎎よりもARNI200㎎、400㎎のほうがより高圧効果が強いことが示されている。
Hypertens Res. 2022 May;45(5):824-833.
https://www.nature.com/articles/s41440-021-00819-7
24時間自由行動化血圧測定による収縮期血圧のベースラインからの変化量は、オルメサルタン20㎎の投与より優位に低下し、夜間においてもしっかり降圧できていることが示されている。
https://www.okinawa-congre.co.jp/jsh43/files/entresto_flyer.pdf
副作用発現の割合も、オルメサルタン20㎎の投与時と比較して有意な差は認めておらず、安心して投与できる薬剤であるといえる。
https://www.okinawa-congre.co.jp/jsh43/files/entresto_flyer.pdf