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2023.02.19

糖尿病・内分泌の視点からエンレストを考える 北村忠弘先生

2023年1月23日 

演題「糖尿病・内分泌の視点からエンレストを考える」

演者:群馬大学生体調節研究所 代謝シグナル研究展開センター教授 北村忠弘 先生

場所: TKPガーデンシティPREMIUM横浜西口

内容及び補足「

慢性心不全では神経体液性因子(交感神経系、レニン・アンギオテンシン・アルドステロンRAA系)が活性化し、体液貯留をきたし、血圧を上昇させ組織への血流を保とうとする。その一方で、臓器保護のため心房ナトリウムペプチド(ANP)の産生・分泌亢進などが起こる。

傍糸球体細胞でレニンが、肝臓でアンジオテンシノーゲンが生成される。レニンはアンジオテンシノーゲンによりアンジオテンシン1になる。アンジオテンシン1は肺においてアンジオテンシン返還酵素ACEによりアンジオテンシン2になる。アンジオテンシン2は血管平滑筋のアンジオテンシン受容体に結合し、血管平滑筋を収縮させ血圧を上昇させる。アンジオテンシン2は副腎皮質に作用しアルドステロンを生成・分泌させる。アルドステロンは腎臓の尿細管に作用し、ナトリウムポンプを促進して、ナトリウムの再吸収・カリウム分泌・水素イオンの分泌を促進する。再吸収させた血管内ナトリウムにより血液量が増大し、血圧が上昇する。

http://life-science-edu.net/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:04007.jpg

心不全下においては心拍出量の低下に伴い人血流量が低下しレニンの分泌亢進が起こり、RAA系の活性化が起こり、血管の週種々、体液量の増加、心筋のリモデリングも生じてくる。

心房圧の上昇による心房筋の進展により心房性ナトリウム利尿ペプチドANPの分泌が刺激される。心室筋に負荷がかかることによって分泌が亢進する脳性ナトリウム利尿ペプチドBNPは、寝室負荷に対して鋭敏に反応し、左室拡張末期圧や寝室容量と正相関し、左室駆出率と負相関することから、左室収縮機能や新機能不全のマーカーとして利用されている。

ナトリウム利尿ペプチド系には二種類の細胞内情報伝達に与る受容体と一つのクリアランスにかかわる受容体の計3つの受容体がクローニングされている。

GC-AはANP、BNPの受容体であり、GC-BはCNPの受容体である。

循環器科 Vol.46:p77,1999

参:

ANPは輸入細動脈を拡張させ、輸出細動脈を収縮させて、糸球体内圧上昇、ろ過係数の増加により利尿に働く。集合管においては、管腔側Na+チャンネル阻害、血管側Na+-K+-ATPase阻害によりナトリウム利尿をもたらす。また血管拡張・降圧作用も示す。また、レニン分泌・アルドステロン産生を抑制し、交感神経抑制作用もある。

BNPは豚脳より単離同定され、その後心室内で産生されていることが明らかとなった。

CNPは主に血管内皮細胞で産生されており、血管における局所因子として注目されている。

Am J Physiol Renal Physiol 2015; 308: F1047-1055

BNPの生成・分泌・代謝

心筋内においてproBNPが作成され、furinなどの酵素によって、BNPとNT-proBNPに切断され等モル濃度で血中に放出される。BNPはneutral endopeptidaseによる分解を受けたり、Clearance receptorによるendocytosisを受ける。それ以外のものが腎臓から排泄されるが、NT-proBNPは生体内で群解されないためBNP産生の状態をより正確に反映しているといえる。BNPの血中半減期は20分でNT-proBNPは120分と異なる。

Heart 2006;92:843-849

BNPやNT-proBNPの値で心不全の状態を推定する際の基準値は以下のようになっている。

血管内皮細胞表面亜鉛メタロペプチダーゼであるネプリライシンは、血管内皮細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、腎上皮細胞、線維芽細胞に広く発現しており、肺、腸、副腎、脳、心臓に発現している。ネプリライシンは、ANP、BNP、CNP、ブラジキニン(BK)、サブスタンスP(SP)、アドレノメデュリン(ADM)などの血管拡張ペプチド、およびエンドセリン1(ET-1)及びアンギオテンシン2を含む血管収縮ペプチド分解を触媒する。

ネプリライシンに対する血管作動性ペプチドの相対親和性は以下のようになっている。親和性の高いものは、ANP、CNP、ANG-1、ANG-2であり、親和性の低いものはET、BNPである。ネプリライシン阻害薬の効果は、分界される基質が血管拡張薬であるか、血管収縮薬であるかに依存するため、ネプリライシンを強化することによる利点はANG-2の増加によって相殺される可能性がある。

ANP:心房性ナトリウム 利尿ペプチド CNP:C型ナトリウム利尿ペプチド ANG:アンジオテンシン ADM:アドレノメデュリン SP:サブスタンスP BK:ブラジキニン ET:エンドセリンBNP:B型ナトリウム利尿ペプチド

 

ネプリライシンの主要な基質の血管に対する働きを下図に示す。

ネプリライシンの基質には以下のものがあり、産生場所、効果発現場所、生理学的効果、心不全に対する予後は下表のようになる。

European Journal of Heart Failure (2017)19,710–717REVIEWdoi:10.1002/ejhf.799

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejhf.799

 

初めに開発されたネプリライシン阻害薬であるカンドキサトリルの投与はかえって死亡率を上昇させ開発は中止となった。

ネプリライシン阻害とACEIを組み合わせた薬剤の開発がすすめられたが、副作用として重篤な血管浮腫が出現したため開発が頓挫した。

この原因として、ネプリライシン阻害、ACEIがともにブラジキニンの不活性化を阻害するために生じていると考えられた。そこでACEIではなくARBを使用することにより重篤な血管浮腫の出現が回避された。

https://note.com/doctorpooh/n/n3b6ba9b3ec7d

 

ネプリライシン阻害薬とバルサルタンの複合体であるLCZ696(ARNI)を用いた前向き臨床試験であるPARADIGM-HF試験で心不全患者の死亡率低下と駆出率の低下においてARNIがACEIよりも優れていることが、試験の中間報告の時点で証明され、この試験は早期中断となった。

追跡調査期間中央値27か月の時点で、主要評価項目はARNI群914例(21.8%)、エナラプリル群1117例(26.5%)に発生し(HR 0.80 P<0.001、死亡例は、ARNI群で711例(17.0%)、エナラプリル群835例(19.8%)(HR 0.84 P<0.001)と有意な差を認め、心不全入院リスクも21%低下したためこの試験は早期に中止された。

(NEJM 2014; 371: 993-1004. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1409077

 

RAASとネプリライシンの2重阻害がARNIの中心的な役割である。下図の緑色の線と矢印は、刺激または活性を、赤い線は阻害を示す。HFrEFは交感神経とRAAS系の両方を活性化し、その結果レニンの放出を増加させる。レニンはアンジオテンシノーゲンに作用してANG-1を産生し、肺のACEによりANG-2に変換されアルドステロンの分泌が増加する。ベータ1受容体遮断薬、ACEI、ARBおよびMRCBは交感神経及びRAASをそれぞれの段階でブロックする。ACEIはブラジキニンの分解を阻止する。循環血液量の増加により心房筋や心室筋の壁応力の増加はANP、BNPの放出とともにナトリウム利尿ペプチド(NPS)を活性化し、ナトリウム利尿ペプチド受容体A(NPRA)、グラニリルシクラーゼA(GC-A)、cGMPおよびプロテインキナーゼG(PKG)を活性化し、血管拡張、ナトリウム利尿、利尿、および心筋の繊維化阻害をもたらす。

ANPはレニンの放出も抑制する。ARNIのネプリライシン阻害作用によりANPは上昇する。

参:

1898年フィンランドの生理学者ロバート・タイガーシュテットとスウェーデンの医学生Per Bergmanが、ウサギの腎皮質の生理食塩水抽出物をウサギに注射すると血圧上昇が誘発することを発見し、レニンと命名した。1934年にGoldblattらが犬の腎動脈狭窄が持続性高血圧を引き起こすことを実証し、1940年にレニンがアンジオテンシン形成を触媒することを実証した。ACEによりAGT-1がAGT-2に変換され、血管平滑筋に作用し強い血圧上昇作用を有することも実証された。AGT-2は糸球体からアルドステロンを放出させ、近位尿細管においてナトリウム再吸収を増強し、細胞外液量及び電解質のバランス制御に重要な役割を果たす。また細胞増殖や酸化ストレスおよび繊維化を促進する。ACEは、血管拡張ペプチドであるブラジキニンを不活化するためキナーゼ2という名前でも呼ばれていた。

1965年にフェレイラはブラジルのマムシ毒に血管拡張薬であるブラ地金を分解するキニナーゼ阻害剤が含まれていることをみいだし、その後、このキニナーゼはACE阻害作用があり、ブラジキニン増強物質とACE阻害物質が同一であることを示した。初期の抽出物は非経口投与役であったが、これらの一つであるテプロチドの投与により、高血圧患者の腎血管収縮を軽減し、動脈圧を低下させ、心不全患者の欠航動態の乱れを改善することが示された。テプロチドなどのACEI製剤の投与により、ブラジキニン濃度が上昇し、血管拡張作用のある血漿および尿中プロスタグランジン濃度が上昇した。

1977年にOndettiらが経口ACEI役であるカプトリルを合成した。カプトリルは高圧効果もあり、心筋梗塞のラットの心筋リモデリングを抑制し、急性心筋梗塞後左室機能障害患者に長期投与すると、全死因死亡率が低下することが示された。

ACEIは咳の副作用が10-15%程度で発症すること、重篤な血管浮腫が出現することが問題であり、損の原因がキナーゼ阻害結果として生じるブラジキニンと血管作動性プロスタグランジンの濃度上昇により引き起こされることが判明した。

AR-2作用の主な担い手であるAR1B作用を有するサララシンは、高圧作用は強かったが非経口的投与役であった。Timmermansらが経口ARBとしてロサルタンを開発した。ACEIと同様高血圧とHFrEFに有効であるが、ACEIと異なりキニンの分解をブロックしないため、血管浮腫や咳嗽といった副作用は非常にまれであった。

ナトリウム利尿ペプチド

1956年にKischは電子顕微鏡で心房内に顆粒が存在することを報告した。1978年にAdolfo de Boldらは、これらの心房顆粒がたんぱく質またはポリペプチドであることを示した。水とナトリウムが不足した状態ではこの心房内顆粒は増え、水とナトリウムを付加した際には減少することが示された。Adolfo de Bold らは1983年、ラット心房抽出物質の注入は、低血圧を引き起こし、ナトリウム排泄が30倍以上にあり、尿量が10倍に増加する結果を導いたため、心房性ナトリウム利尿因子:ANPと名付けた。その後、彼らは、この物質を単離、生成し、アミノ酸配列を決定した。

1988年Sudohらは、豚の脳内ペプチドを同定し、BNPと名付けた。これはANPと同一物質ではないが、類似構造を持ち、降圧、ナトリウム利尿の同様の生理作用を持ち、心臓にも存在し、主に寝室から放出されることが判明した。

JACC VOL. 65, NO. 10, 2015:1029 – 1041

https://www.jacc.org/doi/10.1016/j.jacc.2015.01.033

https://core.ac.uk/download/pdf/81980881.pdf

 

日本においてLVEFが50%以上のHFpEF患者の割合は2000~2004年に症例登録を行ったCHART-1Chronic Heart Failure Analysis and Registry in the Tohoku District 1)の50.6%から2006~2010年に症例登録を行ったCHART-2の68.7%へと急激に上昇している。

予後については、従来はLVEFの低下したHFrEF症例と同等であるとされていたが、これらのデータは入院症例に限られた検討であったこともあり、CHART-2研究ではHFpEFの予後はHFrEFに比べ良好であることが示された。

(Eur J Heart Fail 19 : 1258―1269, 2017 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejhf.807

 

ARNIがHFpEFに有効であるかどうかの検討試験であるPARAGON-HF試験は、894例のARNI投与群と1009例バルサルタン投与群での比較試験ではARNI投与群の有意性は証明されなかった。

 

一方、HFpEFに対するSGLT2阻害薬の有効性が2021年に示されたが、この試験はSGLT2阻害薬投与群とプラセボの比較である。

N Engl J Med. 2021 Oct 14;385(16):1451-1461.

https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2107038

 

一方、PARAGON-HF試験は、ARNIとバルサルタン投与群との比較であり、ARB非投与群と比較した場合には明らかな差を示すもと推察される。

N Engl J Med 2019; 381:1609-1620 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1908655

参:

プラセボに対するARNIの効果を推定するために、PARADIGM-HF/PARAGON-HF試験及びCHARM試験からデータを分析した報告がある。下図の実践は臨床試験で行われた直接比較を表し、破線はARNIとプラセボの効果を関節比較を表す。エンドポイントは院生の二工法を使用して分析され、心不全全入院及び心血管死の主要評価項目で行われた。

ARNIはすべての左室機能において有害な心血管イベントのリスクを低下させた。最初の心不全入院のRR 0.67、心血管死のRR 0.76、全死因死亡のRR 0.83と改善した。

Eur Heart J 2020 41 2356-2362

https://academic.oup.com/eurheartj/article/41/25/2356/5813082

 

糖尿病患者においてARNI投与症例が増加しているが、糖代謝にどのような影響があるかの検討を見てみよう。

ACEIやARB投与からARNIに変更した慢性心不全患者73例において、投与前、30日後、90日後において、血漿ネプリライシン活性は低下したが、血漿ネプリライシン濃度は変化しなかった。ANP濃度、GLP-1濃度も上昇したが、タンパク質糖化のバイオマーカーであるフルクトサミンは漸減した。

Eur J Heart Fail 2019 21 598-605

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ejhf.1342

 

PARADIGM-HF試験のサブ解析では、エラナプリル投与群よりARNI投与群において、有意にHbA1cが低下していた。

Lancet Diabetes and Endocrinology, 5(5), pp. 333-340.

https://eprints.gla.ac.uk/139196/1/139196.pdf

ARNIの副作用の症状の一つとして低血糖の記載があるが頻度不明となっている。

自験例であるが、82歳の男性でインスリンやリラグルチドが投与されている糖尿病患者で、血圧200、BS 335、HbA1c 9.5、BNP>400で入院した患者において、エンレスト100㎎→200㎎と増量した際に血糖値70未満に低下し、インスリンの投与量を32単位から5単に減量した症例がいた。リラグルチドを中止したところ一気に血糖値が上昇し、再投与とした。

インスリンとGLP-1阻害薬併用症例においてエンレストを上乗せした症例においては、著しく血糖値が低下する可能性があるので注意をされたい。

 

心不全のStage1の段階である高血圧をしっかり治療して心不全への移行を抑制することも重要である。その観点に立つと、高血圧患者に対してARNIの使用が認められているのは、中国、ロシア、日本だけであり、これから予後などの治療データを集積して新しい情報が発信できると思う。

ARNI 200㎎、400㎎とオルメサルタン20㎎の対象二重盲検比較試験であるA1306 試験において、平均座位収縮期血圧変化量及び平均座位拡張期血圧変化量はともに有意に低下した。オルメサルタンに比較しより強い降圧効果を示しているといえる。

Hypertens Res 2022;45(5):824-833

https://www.nature.com/articles/s41440-021-00819-7

 

降圧目標は、ガイドラインにより若干異なるが糖尿病が存在する場合には130/90未満が目標である。

今まで糖尿病の予後としては、日本人の詳細なデータはなかったが、日本人の2型糖尿病患者に我が国のガイドラインに沿った従来通りの治療をした群と血糖・血圧・脂質に対して強化した多因子介入をした治療効果の差を検討したJ-DOIT3研究が行われた。

その結果、BMIに有意な差は認めなかったが、HbA1c、収縮期血圧、拡張期血圧、LDLコレステロール値を有意に下げた。

主要評価項目では、脳血管イベントが58%抑制され、副次評価項目では、腎症イベントが32%、網膜症イベントが14%有意に減少する結果であった。

Lancet Diabetes Endocrinol. 2017 Dec;5(12):951-964.

https://www.thelancet.com/journals/landia/article/PIIS2213-8587(17)30327-3/fulltext

参:http://www.jdoit3.jp/files/J-DOIT3_study_result_description_medical.pdf

今後、ARNIの治療による効果が期待される。

 

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