川村所長の勉強会参加記録
2013.09.30
本には載っていないACSの心電図診断 小菅雅美先生
2013年9月24日 横浜市健康福祉総合センター
演題「本には載っていない急性冠症候群の心電図診断」
演者:横浜市立大学付属市民総合医療センター 心臓血管センター客員准教授小菅雅美先生
内容「急性冠症候群Acute Coronary Syndrome(ACS)は病歴、身体診察から本疾患が疑われ、心電図所見、血液中の心筋マーカーの測定によってなされる。
特に心電図所見が重要で、STの上昇があるかどうかにより治療法が異なる。
NSTACS (Non-ST Elvation Acute Coronary Syndrome)は冠動脈が完全閉塞に至っておらず、早期のリスク管理、薬物療法が主体となるが、STACS (ST Elvation Acute Coronary Syndrome)は冠動脈の完全閉塞を来しており、早期の再灌流療法が必要で心臓カテーテル検査及び治療ができる施設に可及的早期に搬送すべきである。
このような心電図で異常を見つけることは困難であるが、以前の心電図
があると、ST部分の変を見つけることができるかもしれない。それも現実的には困難なのではあるが、一時間後の心電図をとることが出来さえすれば、本症例が、前壁の心筋梗塞であることは容易に診断できるはずである。
心電図変化を時系列でみてみると
となるが、この超急性期のHyperacute T waveの状況においては、心筋が壊死しておらず、トロポニンTも陰性であるので、過去の心電図との比較と、時間をおいての心電図再検査が大切な情報となってくる。
ここで問題となる点として、心電計の自動判定がある。実際、Hyperacute T波と思われるものに対して、T波増高、負荷可との判定があった。そこで12誘導の日本で代表的な二社の解析制度を比較したデータを見てみよう。
実際の波形の解析結果の差を見てみよう。
このような差が出てくる理由は、自動判定に使われている判定のアルゴリズムの差による。
不整脈においても差が出ている。
実際の心房粗動の波形の解析を見てみると、
健診の様な正常心電図が圧倒的に多い環境下においての自動判定によるスクリーニングは、それなりの効果が期待できるが、病院においての心電図の判定においては、専門医の目を通す必要があることがわかる。
それ以外に、ST上昇の診断において紛らわしいのは、早期再分極といったSTの正常亜型の波形である。
参:早期再分極の臨床的特徴(早期再分極(波)は、以前は後棘と呼ばれ、normal varinatの1所見で、臨床的意義は無いと考えられていた。しかし、早期再分極波はJ波として知られていた心電図波形の表現であり、不整脈の出現と密接な関連がある場合があり、ことに特発性心室細動の基質として注目されるようになり、臨床的に関心を集めるようになった。
Gussakは、早期再分極の臨床的特徴として、下記の諸点をあげている。
1) 早期再分極(波)の健常者での1~2(~5)%に認められる。
2) 若年者に多く、加齢とともに正常化傾向を示す。
3) 運動家に多く認める。
4) 閉塞性肥大型心筋症、心室中隔欠損症、心室中隔肥大例、検索肥大例、コカイン中毒例に多く認める。
5) 男性に多く認める。
6) 家族出現例がある。
7) Brugada型心電図との合併例が少なくない。
8) 急性心筋梗塞、心膜炎、心室内伝導障害との鑑別診断が必要である。
Gussak I,Antzelevitch C:J Electrocardiol 33(4):299,2000
Boineauが下方早期再分極の代表的心電図所見として例示した第2 ,3, aVF誘導の心電図波形:QRS波起始部のスラー、緩徐なQRS波上行脚j、急峻な内効果様振れ、QRS波形の非対称性(斜塔、leaning tower), J波、上方凹のST上昇、陽性T波などの諸所見が認められる。
Boineau JP:J Electrocadiol 40:3.e1-e10,2007
STの波形は性差と年齢で異なってくる。
Female patternはJ点で1mV未満であり、Male patternはJ点で1mV以上でありST角は20度以上である。
心筋梗塞の心電図におけるSTの診断基準が2012年のCirculationで以下のように改定された。
症状に関しては、急性心筋梗塞と診断された796例中148例の臨床症状の検討(adjusted odds ratio, 95% confidence intervals)では、右腕への放散痛(2.23, 1.24-4.00)、両腕への放散痛(2.69、1.36-5.36)、嘔吐(3.50、1.81-6.77)、前胸部中央の痛み(3.29、1.94-5.61)、冷や汗(5.18、3.02-8.86)が多く、教科書的に記載されている心筋梗塞に特徴的だと言われている安静時痛(0.67、0.41-1.10)、左腕への放散痛(1.36、0.89-2.09)よりも頻度が多かった。
また、横浜市立大学付属市民総合医療センターを受診されたSTEMI457例(女性106:男性351)の検討では(女性の数:男性の数、有意差がある確率)、年齢(72:62、P<0.001)、高血圧の割合(70%:56%、P=0.019)、糖尿病の割合(36%:26%、P=0.047)、脂質異常症のある割合(51%:38%、P=0.019)、非特異的症状(45%:34%、P=0.033)、あご、ノド、首、肩、腕、手、背中などの胸部痛以外の痛み(20%:7%、P<0.001)、嘔気(49%:36%、P=0.013)と男女差があった。
AMI患者連続1410例を対象とした観察研究(J-LOE P3)では、女性のAMI患者で発症から入院までの時間が、男性で平均7.2時間であるのに対し、女性は12.4時間と有意に長いことも報告されている。
急性下壁梗塞において、80~90%は右冠動脈が栄養しているが、10~20%は左回旋枝が栄養している。どの誘導が変化しているかをとらえて考えることが、この違いを疑うきっかけにもなる。
胸部誘導は、V1~V6にかけて、連続的に変化しているが、四肢誘導はⅠ、Ⅱ、Ⅲ、aVR、aVL、aVF誘導は連続して配列していない。心電図の変化を連続したものとしてとらえるためにCabrera Sequenceという概念が提唱された。
右上からaVL、Ⅰ、-aVR、Ⅱ、aVF、Ⅲ誘導の順で表示する方法である。それぞれの誘導は、上位側壁、下位側壁、心尖部、左下壁、心尖部より、右下壁をそれぞれあらわしていると考えることができる。
参“ST上昇だけで解釈する心電図”
右室梗塞は右室の拡張不全による右室流入障害があるため静脈圧が上昇し、頸静脈怒張、四肢冷感、血圧低下などが出現します。特に虚血性心疾患に良く使われる亜硝酸剤が禁忌なので注意が必要である。心電図でV1、V3R~V6RにおいてのST上昇で診断される。ことにV4Rの1mm以上のST上昇は重要である。Ⅲ誘導のST上昇が一番強い場合には、右胸部誘導を取る必要がある。
また、後壁の心筋梗塞においてはV7-9の誘導を取らないと、通常の12誘導からは判断できない。
【右側胸部誘導】胸部誘導を正中線に対称に右前胸部に付けたもの
V3R:V3相当の右胸壁上の点
V4R:V4相当の右胸壁上の点
V5R:V5相当の右胸壁上の点
V6R:V6相当の右胸壁上の点
【背部誘導】V4-V6と同じ高さで背部に付けたもの
V7:V4と同じ高さで後腋下線との交点
V8:V4と同じ高さで左肩甲骨中線との交点
V9:V4と同じ高さで脊椎左縁との交点
実際の右室梗塞の心電図を見てみよう。
図のV3R、V4R、V5RでSTが上昇しているのが分かる。Actualは実際に電極を張った際の記録であるが、Synthesizedはコンピュータが通常の12誘導の心電図から計算して導き出したV3R-V5Rに相当する波形である。ほとんど差がないことが見て分かる。
次に後壁梗塞を見てみよう。
急性前壁心筋梗塞(antAMI)の波形と紛らわしいものの一つとしてタコツボ心筋症(TC)がある。
上図のように、冠動脈に病変がなく、左室の壁運動として心尖部の心筋がほとんど動かず、心基部のみが収縮するので、左室造影で蛸壺のように見えるものである。
TC 23例とantAMI 342例を比較したところ、TC例では高齢(70 vs 61歳)であり、女性が高率で(85 vs 15%)、心電図では異常Q波を認めない例(42 vs 26%)、対側性変化である下壁誘導のST低下を認めない例(94 vs 51%)が高率で、最大QTc間隔は延長し(567 vs 489mV)、最大ST上昇は軽度(5 vs 3mm)、ST上昇(肢誘導は>0.5mm、前胸部誘導は>1.0mm)を認める誘導数が多かった(8 vs 6)。その上、ST上昇の誘導が異なり、TCでは-aVR誘導のST上昇(=aVR誘導のST低下)が最も高率でV1誘導のST上昇が最も低率であった。aVR誘導のST低下を認め、V1誘導でST上昇を認めない場合はTCと診断すると、感度は91%、特異度は96%であり、心電図指標の中で最も良好だった。