川村所長の勉強会参加記録
2016.07.05
うつと睡眠障害 海老澤 尚 先生
2016年6月21日(火)
演題「うつと睡眠障害」
演者: 医療法人和楽会 横浜クリニック 海老澤 尚 先生
場所:ホテル横浜キャメロットジャパン
内容及び補足「
うつ病患者は年々増加してきており、男性よりも女性に多く認められる。男性においては30-50歳代に多くみられるが、女性においては、30歳代以降高齢者においても多くみられる。
うつ病と診断された患者さんの初診時に受診した科は、精神科は5.6%と少なく、半数以上は内科を受診している。
そして、うつ病患者が初真意を受診した時に、うつ病・うつ状態と診断・説明されたのは11%しかなく、異常なしと診断された患者は9%もいた。プライマリ・ケア医でうつ病の基準を満たす患者がうつ病と正しく診断された頻度は50%に過ぎないとも言われている。
正しく診断するためには、身体症状、精神症状を訴えてくる患者においてまず、うつ病と疑うことが重要である。
うつ病を疑うコツとして以下のような特徴がある。
1. 多彩な訴え
2. とらえどころのないあいまいな症状
3. 身体所見や検査結果に比べて症状が強い
4. すでに行われた様々な検査に異常を見ず、しかも長く持続する症状
5. 「この症状さえ取れたら、元気でやれそうな気がします」との答え
6. 調子が悪いのに「休むことができません」とのこたえ
診断が困難な理由の一つに、患者自身が自らの症状を上手く伝えられないという点もある。
下の図は患者自ら訴えの有ったものと、医師が問診で引き出した症状との割合である。最初にどの科を受診するかによって、この症状の訴える頻度は異なってくるが、多くの場合、疲労感や倦怠感の自覚はあるが、精神症状については医師に訴えることが少ないことに注意する必要があり、医療従事者の方から問いかけていく必要がある。
うつ病に伴う身体症状の出現率は統計により数値は異なるが、睡眠障害がかなりの率で認められ、体重減少も半数以上で認められている。
うつ病と不安障害は共通の症状が多いが、うつ病と不安障害を見分けて適切な治療を行う必要がある。
睡眠障害であっても、うつ病によくみられるのは早朝3、4時に目が覚める早朝覚醒が特徴的であり、不安障害では頭に浮かぶ心配事で睡眠が妨げられる入眠障害が多い。
集中困難では、うつ病では気力・意欲、興味・関心の低下のためであるが、不安障害では、頭に浮かぶ心配事のために集中して考えることが妨げられている。これらの違いを問診で確認する必要がある。
うつ病を合併する率は基礎疾患によって異なるが、身体疾患の重症度が増すにつれて、うつ病の合併率も高くなる。
うつ病の診断は
ICD-10の診断基準
やDSM-4の診断基準
がよく使われる。
うつ病の症状は、「抑うつ気分」「興味または喜びの消失」のどちらかが現れ、その他にもいろいろな精神症状と身体症状を伴う。
憂鬱な気分や何もやっても楽しくないという状況が二週間以上続いた時には、うつ病を疑って問診を試みる必要がある。
うつ病の成因としては、遺伝的訴因に、環境因や身体要因が作用し発病すると考えられている。
うつ病になりやすい病前性格としては
循環気質(Kretschmer 1921)
1. 人付き合いが良い
2. 気立てが良い
3. 親切
4. 朗らか
5. ユーモアに富む
6. 元気
7. 激しやすい
8. 物静か
9. 落ち着きがある
10. 苦労性
執着性格(下田 1950)
1. 仕事熱心
2. 凝り性
3. 徹底的
4. 正直
5. 几帳面
6. 正義感が強い
7. 責任感が強い
メランコリー親和型性格(Tellenbach 1961)
1. 秩序を重んじる
2. 他人に気を遣う
3. 頼まれるといやといえない
4. 真面目
5. 正直
6. 仕事熱心
7. 過度に良心的・小心
8. 消極的・保守的
9. 頑固
10. わがまま(近親者に)
などの性格的傾向があると考えられている。
うつ病を発症する誘因や状況としては、個人・家庭に関係する出来事や職業に関係する出来事として以下のようなものがある。
病態としては、神経伝達物質であるセロトニンが減少すると、不安や焦燥感、落ち込みといった症状が出やすく、ノルアドレナリンが減少すると、気力や行動力が減少し、ドパミンが減少すると楽しみが喪失するといわれている。
Leonard, B. E. et al.: Differential Effects of Antidepressants, 1999, pp.81-90, Martin Dunitz Ltd, London
治療:
1. ストレスの量を軽減する
職場環境・仕事量を調節する
仕事に優先順位をつける
アサーション(Assertion:自分と相手を大切にする表現方法)トレーニングを行う
http://www.nsgk.co.jp/sv/kouza/at/beginner.html
適切な自己表現をする
叱責と励ましは避ける
周囲との相談、良好な人間関係を築く
2. ストレスの受け止め方を変えて過剰にストレスを受け取らないようにする
認知行動療法:物の受け取り方や考え方を変えて気持ちを楽にする精神療法
http://www.ncnp.go.jp/cbt/about.html
3. 脳のアンバランス、機能不全を改善する
休養、睡眠、薬物療法、精神療法がある
うつの治療経過は、下表のように「反応」、「寛解」、「回復」、「再燃」、「再発」の五つに分けられ、下図のように経過するが、臨床において明確に判断することは困難なことが多い。
鬱の薬物治療においては概念的に3つの治療期に分けられる。
急性期:治療開始から寛解まで
継続治療期:寛解から回復まで
維持治療期:回復後の再発予防
急性期治療による症状消失後の8週間は再燃しやすく、中等度以上のうつ病の場合、寛解した後も再燃防止のため、4~9か月にわたる継続治療を行うべきであり、さらに、複数回の再発を繰り返した患者では再発予防のために、数年から障害にわたる維持治療が求められる。
http://www.jcptd.jp/medical/point_10.pdf
薬物療法:下記のように多くの種類があり、個々の患者に応じた選択肢がある。
SSRI(選択的セロトニン再取り込阻害薬)
うつ病患者では神経伝達物質の一つであるセロトニン量が減少しているので、神経終末におけるセロトニンの再取り込を阻害して神経細胞間のセロトニン量を増やし、抗うつ効果を発揮すると考えらえている。
フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)、パロキセチン(パキシル)、セルトラリン(ジェイゾロフト)、エスシタロプラム(レクサプロ)。
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬)
セロトニンとノルアドレナリンの両方の取り込みを阻害することで抗うつ効果を発揮すると考えられている。
ミルナシプラン(トレドミン)、デュロキセチン(サインバルタ)、ベンラファキシン(イフェクサー)
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)
セロトニンとノルアドレナリンの放出を促進させて抗うつ効果を発揮すると考えられている。
ミルタザピン(リフレックス、レメロン)
ノルアドレナリンが作用するα受容体にはα1とα2があり、α1受容体を刺激して意欲や活力を上昇させ、ノルアドレナリン放出抑制をしているα2受容体を阻害してノルアドレナリンの放出を促進させて効果を発揮する。また、ノルアドレナリンがセロトニン細胞体上に存在するα1受容体を刺激してセロトニン(5-HT)神経の発火促進をするDual actionがある抗うつ薬と考えられている。
また、5-HT神経はGABA神経細胞体の5-HT2受容体を介してGABA神経を活性化しているが、このGABA神経はNA神経細胞体に存在するGABAA受容体を介してNA神経の活性化を抑制している。ミルタザピンは5-HT2受容体を遮断することによって、このGABA神経を介したNA神経に対する抑制系調節を解除して、効果を発揮している。
http://medical.radionikkei.jp/suzuken/final/090910html/
三環系抗うつ薬:脳内で分泌されるセロトニンとノルアドレナリンの再取り込を阻害し増加させる薬剤。その他にも、シナプス後部のヒスタミンH1受容体、M受容体、α1受容体なども遮断するので、便秘、口渇などン副作用が多い。
クロミプラミン(アナフラニール:脅迫症状や不安により作用するノール:抗不安作用が強いイミドール、トフラニンール)、ノルトリプチリン(ノリトレン:意欲低下の改善が強いキサン)、ドスレピン(プロチアデン)、ロフェプラミン(アンプリット)
四環系抗うつ薬:三環系抗うつ薬より抗コリン作用が弱いため、便秘や口渇などの副作用が少ないが、眠気が強く、抗うつ作用が弱い
マプロチリン(ルジオミール:パニック症状には効果ない)、セチプチリン(テシプール)、アンセリン(テトラミド)
軽症・中等症の治療アルゴリズムでは、抑うつのみならず、不安、恐怖などの他の症状への作用や副作用を考慮して、SSRIやSNRIが第一選択薬とされる。
その他に抗不安薬や睡眠導入剤も併用することが少なくないが、ベンゾジアゼピン系の薬剤は、8か月以上の長期使用により1/3が依存症になるといわれており、状態に応じて減量、休薬すべきである。
プライマリ・ケア領域では、軽症例にスルピリドを投与すると比較的早期に著明に改善することが多くよく用いられている。
スルピリド(ドグマチール):統合失調症治療薬としても使用されるドパミン受容体阻害薬であるが、軽症うつ病では50~150㎎の低用量で使用され、この量であれば、ドパミンを遊離する作用が認められ、抗うつ効果を発現する。しかし、漫然とした長期使用の際には、振戦や小刻み歩行などの錐体外路症状や肥満などの副作用が発現することがあり、高齢者に発現しやすく、注意が必要である。また、高プロラクチン血症のために、乳汁漏出、月経異常、男性での女性化乳房といった副作用も起こる。
投与量は、下表にある初期投与量を参考に決め、副作用、反応を考慮しながら漸増する。高齢者の場合には、初回投与量や維持量を成人よりも少なめ(半量を目安)にする。
薬剤中止時は、薬剤中止に伴う再燃や、断薬症候群などの副作用を防止するために漸減することを心がける。
認知行動療法:うつ病に対する代表的な精神療法である。
認知とは「ものの考え方」、「受け取り方」であり、うつ病患者では、自分に対する認知、自分を取り巻く世界に対する認知、将来に対する認知にゆがみある。よく見られる認知のゆがみとして以下のようなものがある。
・過度の一般化(ある悪い出来事が起きたら、それがいつも起きるだろうと考えてしまう)
・破局的思考(ちょっとした困難を大変な災難のように考える)
・恣意的な推論(証拠がないのに、独断的に推論・判断してしまう)
・「~すべし」という思考(「~すべき」と考えてしまうので自分を常に追い込んでしまう)
・誇張と矮小化(自分にとって良くないことを過大に考え、良いことを過小評価してしまう)
・全てか無かの思考(100%できていないとだめだと考えてしまう)
・個人化(自分に関係ないことも、自分に関連付けてしまう)
・選択的抽出(自分の考えを指示するような、数個の論拠だけを選び出し、他の論拠を無視してしまう)
こうした認知のゆがみが、うつ病患者に多く見られ、その思考のために患者自身を苦しめ、うつ病を悪化させたり、回復を遅らせている。そのことを指摘し、認知の是正をしようというのが認知療法である。
患者の考え方の証拠を探し・検討して、推論に飛躍がないか、他の考え方がないかを探してもらったり、思考の記録をつけてもらい、患者自身の陥りやすいものの見方、考え方のパターンに気付いてもらい、是正していく方法を身につけてもらう。
うつ病患者の行動の変容を目的とするのが行動療法である。症状が現れたり悪化したりするような様々な場面でどのようにふるまえばよいかを考え、患者自身がその場面に適応できる行動を身につけてもらうよう援助していく。具体的には日常の活動記録をつけてもらい、症状に応じて段階的な行動の課題を割り当てて実行してもらったり、ロールプレイなどを通して、行動のシミュレーションをしたり行動の変容をはかる。
場合によっては、リラクゼーション、呼吸法の訓練なども行う。
参:
一般的な副作用:
セロトニン受容体の阻害:眠気、鎮静作用など
ムスカリン受容体の阻害:口渇、便秘、頻脈、視力調節障害、失見当識、記憶障害など
アドレナリン受容体の阻害:起立性低血圧、めまい、失神など
セロトニン受容体の刺激:悪心、嘔吐、便秘など
セロトニン症候群:
SSRIやSNRIなどのセロトニン作動薬投与により、脳内の細胞外セロトニン濃度が極端に高まることによって発症し、ときにより致死的な状態になることがあり、MAO阻害薬やセロトニン再取り込阻害作用の強いクロミプラミンやトラゾドンなどやセトロ人濃度を上げるリチウムとSSRIの併用時に起きやすい。
多くは原因薬剤の開始・増量から24時間以内に置きやすく、原因薬剤の中止徒歩駅などにより多くは予後良好で、症例の70%が24時間以内に回復するとされている。
セロトニン諸侯群の診断基準
Sternbach, 1991
断薬症候群(中断症候群):
SSRIの退薬症状は特異的で、依存による退薬症状ではないので、断薬症候群Discontinuation syndromeといわれており、平衡感覚の異常、近くの異常、衝動的な行動があらわれ、同じSSRIの再投与により、72時間以内に症状は消失する。
断薬症候群の診断基準試案
Black K, et al:Psychiatry Neurosci. 25:225-261, 2000
セロトニン神経の細胞体は脳幹の線条核に存在する。
ノルアドレナリン神経のほとんどの細胞体は脳幹の青斑核に存在する。
神経伝達物質で考えると、神経終末から分泌されたセロトニンがシナプス間隙に少ないために症状が出ていると考えられている。