呼吸器系
2023.12.24
RSウイルスワクチンへの期待 永井英明先生
2023年12月10日
演題「高齢者に必要とされる新たなワクチン ~RSウイルス感染症の疾病負担とワクチンへの期待~」
演者: 国立病院機構東京病院 感染症科部長 永井英明先生
場所: ウエスティンホテル大阪
内容及び補足「
2023年9月14日に米国疾病対策センターCDCは新型コロナウイルス感染症とRSウイルス感染症、インフルエンザによる入院患者総数は昨年並みで新型コロナウイルスのパンデミック水準を上回るとの見通しを示し、この3つのウイルスの同時流行する『トリプルデミック』の懸念が高まっており、RSウイルスのワクチン配布が秋に可能になるとした。
RSウイルスは1950年代にはじめて発見されたRNAウイルスで、幼児たちの呼吸器疾患の主要な原因として長らく認識されていた。一歳未満の子供たちの気管支炎のもっとも一般的な原因であり、米国で毎年6万人の子供が入院している。全世界では感染者数は6400万人、死亡者数は年間16万人に上ると推計されている。
https://www.niaid.nih.gov/diseases-conditions/respiratory-syncytial-virus-rsv
2017-2018、2018-2019、2019-2020年の3シーズンでニューヨーク州の3つの病院において急性呼吸器疾患の症状2種類以上が発現、または心肺基礎疾患の増悪により24時間以上入院した患者においてRT-PCR検査によりRSウイルス感染が確認された18歳以上の患者1099例において、RS 感染の入院比率は基礎疾患のある患者で上昇していた。
Clin Infect Dis 2022 74 1004-1011
https://academic.oup.com/cid/article/74/6/1004/6318216?login=false
RSウイルスの構造
膜と融合して細胞に侵入に関与するFタンパク質と、細胞の吸着に関与するGタンパク質がウイルス表面に発現している。
https://passmed.co.jp/di/archives/18678
Fタンパクは高度に保存されているが、GタンパクはAとBのサブタイプが存在する。ワクチンはFたんぱく質の構造を抗原とし、それにAS01Eアジュバントで免疫応答を増強している。
参:
RSウイルスは直径100~350nmの丸い粒子として表れることも、直径60~120nmで長さ10μmまでの長いフィラメントとして表れることもある。
ウイルスのエンベロープは、融合タンパク質F、付着タンパク質G、および低分子疎水性タンパク質SHの11の異なるタンパク質で構成されている。これらのタンパク質は別個のグループを形成し、長さ16nmの短いスパイクとしてウイルスの表面に存在する。
マトリックスタンパク質Mはウイルスの保護エンベロープの下に位置する。ウイルスの遺伝物質は、核タンパク質Nによって囲まれた一本のマイナスセンスRNAで構成される。RNAポリメラーゼタンパク質L、リンタンパク質Pおよび転写処理因子M2-1もヌクレオカプシドに結合している。
参:RSウイルスの画像
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC210JG0R21C23A0000000/
RSウイルスのアメリカにおける感染者数の推移は下図のようになっており、2020年までは同様の傾向であったが、コロナ感染以降、変化がある。
日本におけるRSウイルス感染の動向も2019年までは似通った動向であったが、コロナ感染がはやった2020年はほとんど症例が観察されず、2021年の夏以降に増加し、感染の流行の時期は一定していない。
https://www.niid.go.jp/niid/images/idwr/pdf/latest.pdf
詳しくは下記のサイト参照を
https://www.niid.go.jp/niid/images/iasr/rapid/topics/rsv/150918/rsv1_230726.gif
RSウイルスの感染経路は、飛沫感染と手指を介した接触感染で最初に鼻粘膜に感染することが多い。
感染してから発症するまでの潜伏期間は2~8日で、典型的には4~5日である。
症状としては発熱、微絨、咳嗽などの上気道炎の症状で発症する。約70%の症例は上気道炎のみで数日で軽快するが、残りの30%では、2~3日後、感染が下気道に及び、咳嗽の増強、喘鳴、さらには呼吸困難などの下気道炎(気管支炎、細気管支炎、肺炎)の症状を呈してくる。それらは更に数日~1週間の経過で快方に向かう。
http://jsv.umin.jp/journal/v55-1pdf/virus55-1_77-84.pdf
米国、カナダ、ヨーロッパ諸国、日本、韓国の60歳以上の成人におけるRSウイルス感染及び入院率、及び入院死亡に関するデータを、メタアナリシスした結果を見てみると、全体での発症率は1.62%、日本では2.4%、入院率は全体で0.15%、日本では0.10%、院内死亡は7.13%であり、以前言われていた数字よりは高かった。
日本とアメリカを比較してみると、日本の人口はアメリカに比較して38%になるので、感染や入院率、院内死亡の数字を比較すると56%に当たるので、アメリカよりもRSウイルス感染などの比率は高い。
この理由としては、アメリカに比べ、日本人は高齢者が多いのではないかと推論されている。
Influenza Other Respir Viruses. 2023 Jan;17(1):e13031.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/irv.13031
16088人から17694例の成人において4つシーズンにおいて164例のRSV感染者が見られた。
50~59歳、60~69歳、70歳以上において1万例当たり124、147、199例の感染者が見られたことになる。抗原定性検査は高齢者で陽性率が下がるといわれており、このことを含めて考えても高齢になるほどRSV感染者は増加するといえる。
PLoS One. 2014 Jul 15;9(7):e102586.
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0102586
2011年1月1日から2015年6月30日までの60歳以上のインフルエンザとRSVの入院成人を比較してみると、RSVは645例、インフルエンザは1878例あり、平均年齢は、78.5歳に対して77.4歳、心不全合併例は35.3%に対して24.5%、COPD合併例は29.8%に対して24.3%であった。RSV患者の7日間以上の入院のORは1.5、肺炎のORは2.7、ICU入院率のORは1.3、COPDの増悪のORは1.7、1年以内の死亡率のORは1.3であり、RSV感染は、インフルエンザよりも高齢者の入院や死亡率が高くなる可能性が示された。
Clin Infect Dis. 2019 Jul 2;69(2):197-203.
https://academic.oup.com/cid/article/69/2/197/5193205?login=false
2012年8月31日から2013年8月1日の間にアメリカのHealthcare resourceを用いてRSVに起因する医療資源の使用と経済的負担をレセプトデータベースで分析した結果によると、すべての年齢層、特に高齢者において、入院期間が1.9日:3.0日、ER/UCの使用0.4:0.5、緊急受診0.7;2.7、外来受診回数12.1:18.6、処方数9.5:14.6(非RSV:RSV)と多かった。
BMC Health Services Research 2018 18 294
https://bmchealthservres.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12913-018-3066-1
2011年1月1日から2015年6月30日までに入院した60歳以上でRSV陽性者664例(女性61%、75歳以上64%)で、肺炎になった症例は66%いた。入院死亡は5.6%で、入院後の1、3、6、12か月の累積死亡率はそれぞれ8.6%、12.3%、17.2%、25.8%であった。
J Infect Dis. 2020 Sep 14;222(8):1298-1310.
https://academic.oup.com/jid/article/222/8/1298/5863549?login=false
COPD患者241例から喀痰サンプルを四半期ごとに収集し、2年間にわたって安定した状態でRSVのPCRでRNA量を測定したところ32.8%で検出された。高頻度に検出された18例の一秒量の低下速度は101.4ml/yearであり、低頻度で検出された56例の一秒量の低下速度51.2ml/yearに比べ2倍の低下速度であった。
Am J Respir Crit Care Med. 2006 Apr 15;173(8):871-6
https://www.atsjournals.org/doi/10.1164/rccm.200509-1489OC
RSV感染の中心的病像は細気管支炎である。
病理学的には、細気管支上皮の壊死、時には増殖反応、線毛上皮の脱落、細気管支周囲へのリンパ球、好中球、形質細胞、マクロファージの浸潤がある。粘膜上皮細胞間には、リンパ球が習俗氏、粘膜下組織は浮腫状となり、粘液分泌が亢進する。これらの変化により、細気管支は閉塞し、それにより末端の気道の無気肺、あるいは気腫性変化を引き起こす。こういった変化はRSVに特異的なものではないが、RSVは気道上皮に親和性が高く、当初から気道上皮に感染して増殖し、細胞を破壊して発病に至る。
感染早期に細胞の遺伝子、タンパクの変化をきたす。まず、主要な二つの核内転写因子、NF-κBとIRF-1の活性を亢進し、RSVのFタンパクがTLR4(Toll-like receptor4)と結合し、NF-κBを活性化する。これらの転写因子はIL-1β、IL-6、TNFなどの炎症サイトカイン、IL-8、RANTES、MIP-1αなどのケモカイン、アポトーシス関連タンパクやiNOSをコードしている遺伝子を活性化する。感染細胞から放出されたいくつかのケモカインにより、集簇・活性化された炎症細胞が種々のケミカルメディエーターを介して細胞障害を起こすと考えられている。
ウイルス 第 55 巻 第1号,pp.77 - 84,2005
http://jsv.umin.jp/journal/v55-1pdf/virus55-1_77-84.pdf
急性心筋梗塞は急性呼吸器感染症によって引き起こされる場合がある。
急性心筋梗塞入院を行政データから特定し、呼吸器検体採取後の7日間を「リスク期間」、「リスク期間」の前後それぞれ1年間を「対象期間」と定義してインフルエンザ感染とRSV感染の影響を検討した研究がある。
インフルエンザ陽性判定の前後それぞれ一年以内に発生した急性心筋梗塞による入院は364件あった。このうち20件は「リスク期間」に発生し、344件は「対象期間」に発生していた。「リスク期間」における急性心筋梗塞による入院の「対照期間」との比較した発生率比は6.05であった。7日目以降には発生率の上昇は認められなかった。B型インフルエンザ、A型インフルエンザ、RSウイルス、その他のウイルスの検出後7日以内の急性心筋梗塞の発生率比はそれぞれ10.11、5.17、3.51、2.77であった。
N Engl J Med. 2018 Jan 25;378(4):345-353.
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1702090
2015年10月1日から2017年4月30日までの間でRSV-NETのサーベイライスラインで行われた調査で、心不全状態で入院された症例とそうでない症例でのRSVの感染を確認した。心不全状態の症例において、2042例のRSV感染が特定され、65歳以上が60.2%を占めていた。
心不全がない症例に比べ心不全状態にある症例の比率は、18歳以上で8.1倍、65歳未満では14.3倍、65歳以上では3.5倍の比率であった。
心不全状態においては、18歳以上でRSV関連の入院率が8倍と高値であり、RSV感染リスクが高い集団である可能性がある。
PLoS One. 2022 Mar 9;17(3):e0264890
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0264890
参:RSウイルス感染後に細菌性肺炎が生じるメカニズム
RSウイルスに感染8日後、肺炎球菌を感染させると野生型のマウスでは一定の割合で生存率が低下するのに対し、Gas6 KOマウスではそのような低下はみられなかった(A)。
野生型マウスがRSウイルスに感染すると、その後の肺炎球菌感染に伴うINF-ɤなどの炎症性サイトカインの産生(B)、免疫細胞の浸潤(C)などの免疫応答が抑制される(D)ことが判明した。そして、RSウイルスに感染した野生型マウスでは肺炎球菌のクリアランスが遅れる。一方、Gas6KOマウスでは二次感染グループであっても、これら免疫応答の抑制は解除された。すなわち、RSウイルス感染によって誘導されるGas6/Axlが二次性肺炎の原因であることが示唆された。
肺炎球菌のクリアランスには抗菌能の高いM1マクロファージの発現が不可欠であるが、RSウイルス感染後のマクロファージは抗菌能の低いM2様マクロファージに分極していることが分かった。さらに、RSウイルス感染に伴い気道上皮細胞や肺胞マクロファージから産生されるGas6と肺胞マクロファージに発現するAxlが結合すると、M2様マクロファージを誘導することが見いだされた。このM2様マクロファージは、IL-8やCXCL2の産生能が低いため、ナチュラルキラー(NK)細胞からのINF-ɤ産生や好中球浸潤をほとんど誘導できず、結果的に肺炎球菌が爆発的に増え、重症化することが分かった。一方、RAウイルス感染後でも、Axlに対する阻害抗体や阻害剤によりGas6からのシグナルを阻害すれば、M2様マクロファージへの群局が抑制され、適切な炎症応答を誘導でき肺炎球菌のクリアランスが正常化し、重症化しないことが判明した。
Gas6とAxl
Gas6は1988年にSchneiderらにより増殖休止期に発現が上昇する遺伝子として報告され、1993年にManfiolettiらによってcDNA構造が報告された。Gas6のレセプターとしてTyro3、Axl、Mer(TAMレセプター)の三種類があり、それぞれ類似した構造を有するが、親和性や発現組織、細胞が多岐にわたるために異なる生理作用を示す。
AxlはGas6に対して最も高い親和性を有するために、TAMレセプターの中でも最も多くの役割を担っている。
当初Axlに結合するGas6は線維芽細胞の増殖因子として同定され、細胞増殖因子としての役割はそれほど注目されていなかったが、最近ではがん細胞の増殖因子として注目を集めている。Gas6がアポトーシス細胞に露出したフォスファチジルセリンとマクロファージなどの貪食細胞にAxlに結合すると、貪食関連シグナルが活性化し、アポトーシス細胞が貪食除去さる。
In vitroの実験で、Gas6/Axlシグナルはsuppressor of cytokine signaling (SOCS)1やTwist1を誘導し、Toll-like receptor(TLR)シグナルを抑制する機構が報告され、アレルギーや感染症などの様々な疾患における免疫応答の制御因子として働くことが判明した。
東医大誌79(1)21-25 2021
file:///C:/Users/jeffbeck/Downloads/toidaishi079010021.pdf
RSVワクチン開発の道のり
1960年代にアメリカで乳幼児を対象とした不活化RSVワクチンの試験が行われたが、このつかつかワクチンは、感染を防御するどころか重篤な下気道炎や喘息を増加させ、2名が死亡する結果となって、開発は停滞した。この不活化ワクチンが過剰な炎症反応を引き起こし田ばかりでなく、感染を防ぐ中和抗体が誘導されなかった。
2000年にCalderらが、RSVのFたんぱく質の構造が宿主細胞に結合・融合する前と後で大きく変化することを発見した。
2013年にMcLellan らは宿主細胞に融合する前のFタンパク質(pre-F)に結合する抗体にRSV感染を防ぐ能力があること、逆に融合した後のFタンパク質(post-F)に結合する抗体にはその能力がないことを明らかにした。1960年代の実験に使われた不活化ワクチンはpost-Fの構造をとっていたことも分かった。
https://www.cider.osaka-u.ac.jp/plus-cider/2022-11-15-ise-wataru/
RSV感染により中和抗体の結合部位が隠れてしまう。
RSウイルス感染に対する免疫応答は、液性免疫と細胞性免疫が必要である。
液性免疫:中和抗体はすくしゅ細胞へのウイルスの侵入を阻害する。
細胞性免疫:RSウイルス特異的なT細胞応答は、ウイルス除去を促進し、疾患の重症度を軽減する。
GSKが開発したアレックスビーは不活化ワクチンの一種で、RSVのFタンパク質の抗原RSVPreF3と細胞性免疫応答を高めるアジュバンドであるAS01Eを組み合わせたもので、液性免疫応答及び細胞性免疫応答を持続的に誘導する構造になっている。
https://gsk.m3.com/contents/arexvy/2023/202310O09O/index.html?cid=202310O09O&from=pc
アジュバントAS01の量は、シングリックスの半分の量となっている。
アレックスビーの投与によりCD4+T細胞の出現頻度は191から、31日後には1339に増加し、6か月後でも666認めた。
RSV OA=ADJ-006試験は、RSVワクチンの接種歴及び免疫抑制状態などのない60歳以上の成人24966例(日本人1038例)を対照に行った、無作為化、観察者盲検、プラセボ対照の鉱区再共同第3相試験である。
3シーズンを追跡、シーズン2開始前にアレックスビーを年一回追加接種群と痰回接種群、およびプラセボ群で免疫学的検査をDay1、Day31に行い、抗体価/抗体濃度を測定した。
主要評価項目はRSV感染による下気道疾患の初回発現に対する有効性を検討し、副次評価項目としては、RSV感染による下気道疾患の初回発現に対するベースライン時の併存疾患別有効性などを検討した。
本試験におけるアレックスビーの有効性は82.58%で予防効果が検証された。
また、一つ以上の注目すべき併存疾患(慢性閉塞性肺疾患、喘息、慢性呼吸器/肺疾患、1型または2型糖尿病、慢性心不全、進行した肝疾患または腎疾患)を有する集団におけるRSV感染による下気道疾患の初回発現に対する有効性は94.61%であった。
安全性については下表のように、特定有害事象/重篤な有害事象が認められた。
摂取後4日間の特定有害事象はアレックスビー群で多く認められたが、接種後6か月間に報告された重篤な有害事象においては、両群間で有意な差は認めなかった。
死亡に至った有害事象は、アレックスビー群で49例(0.4%)プラセボ群で58例(0.5%)にみられ、アレックス例で死亡に至った主な有害事象は心筋梗塞7例、COVID-19 肺炎5例であった。
https://gsk.m3.com/contents/arexvy/2023/202310O09O/index.html?cid=202310O09O&from=pc
まとめ
RSV感染症は、日本国内においては疫学調査がないが海外と同様と考えられる。
基礎疾患があると入院や重症化のリスクが高い。
有効性、安全性が確認されたワクチンがあり、RSV感染に対して入院/重症化要望の効果が期待される。