糖尿病系

2023.03.05

糖代謝異状合併妊婦の管理ポイント 市川雷師先生

2023年2月24日 

演題「糖代謝異状合併妊婦の管理ポイント」

演者:北里大学医学部 内分泌代謝内科学講師 市川 雷師 先生

場所: TKPガーデンシティPREMIUM 横浜ランドマークタワー

内容及び補足「

参:

1921年以前、糖尿病女性、とりわけ1型糖尿病女性にとって妊娠はケトアシドーシスの発症因子であり、インスリンのない時代では妊娠は死に直結していた。インスリンの発見により1型糖尿病女性の妊娠が継続可能となり、そこから妊娠と糖尿病の歴史が始まった。

1940年代に母体死亡の危険が克服され、それ以降周産期死亡(胎児死亡、新生児死亡)の克服が問題となった。

1980年代までの糖尿病合併妊娠関連の周産期死亡は、妊娠末期における突然の胎児死亡と新生児呼吸促拍症による早期新生児死亡が二大原因であった。

母体の平均血糖値の低下に伴い、周産期死亡率が直線的に減少し、母体の血糖値を限りなく正常妊婦の血糖値に近づけることにより周産期死亡が克服できると考えられるようになった。

Diabetes Care 1980:3:63-68

 

参:妊娠糖尿病:妊娠中に初めて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常

2010年7月に大規模な診断基準の変更があったため妊娠糖尿病の頻度は2.92%から12.08%と4.1倍に増加した。これは全員に75gブドウ糖負荷試験を行った結果で、スクリーニング陽性者のみにブドウ糖負荷試験をした際の7~9%よりも高頻度である。

https://dm-net.co.jp/jsdp/qa/c/q01/

2010年の診断基準改定に伴い、妊娠糖尿病は 75g糖負荷試験を行い、空腹時血糖値≧92mg/dL  1時間値≧180mg/dL、2時間値≧153mg/dLのいずれかを満たした場合に診断することとなった。

 

糖代謝異常合併妊娠には、母児の下記のような周産期合併症の頻度が上昇する。特に糖代謝異常合併妊娠に特徴的な胎児・新生児病の病態は、糖尿病性巨大児、母体の糖尿病合併症を背景として発症する、重症妊娠高血圧腎症に関連した超早期産の重症退治発育不全、先天性形態異状がある。

糖尿病性巨大児

妊娠中期以降、妊娠母体には種々のホルモンや内分泌因子が胎盤から母体血中に放出され、妊娠中に増加するその他の内分泌因子の作用と相まって、母体に強力なインスリン抵抗性を惹起する。妊娠によるこの生理的インスリン抵抗性の出現は、母体の食後高血糖状態を維持し、経胎盤的に胎児へのグルコース移送を保証し、妊娠中期以降の急激な胎児発育のエネルギー源となる。一方、この胎児発育の急速なドライブがかかるこの時期は、妊娠後半期に蓄えた母体のエネルギー貯蓄(脂肪蓄積)が急速に進む時期と一致している。妊娠中期以降のインスリン抵抗性の発現は、胎児発育を保証し、正常妊娠を維持するための生理的変化である。

しかし、そのインスリン抵抗性の発現の強さは、生理的とはいいながら、肥満で発現するインスリン抵抗性を凌駕する強力なものである。子のインスリン抵抗性の発現は糖尿病母体にとっては明らかな増悪因子であり、このタイミングで母体の高血糖状態に適切に対応できなければ、過剰な高血糖は経胎盤的に胎児へ移行し、胎児高血糖を惹起する。母体から経胎盤的に供給される過剰のグルコースによる慢性的な胎児高血糖は、胎児膵ベータ細胞の過形成を惹起し、胎児は慢性的な高血糖―高インスリン血症状態を呈し、これが糖尿病性胎児病の基本病態となる(Pedersen仮説)。

この胎児の高血糖-高インスリン血症は、胎児のinsulin-like growth factor-1(IGF-1)の制御に関連し、高インスリン血症と高IGF-1血症が相まって胎児の成長因子として作用し、過剰発育を促進する。さらに、胎児の過剰発育のエネルギー源として胎児の高脂血症の関与も示唆されている。母体の血糖コントロールが不十分であれば、このグルコース‐インスリン‐IGF-1軸の異常は、胎児の内分泌・代謝系の各欄を惹起し、糖尿病母体から生まれた新生児の多彩な新生児合併症の原因となる。

この胎児のインスリンによる過剰発育作用は、軀幹、肝臓、心臓、胎盤などの感受性臓器は過剰発育する一方、脳や骨格はインスリンあるいはIGF-1の日感受性臓器であるので影響を受けないので、東部の正常発育と軀幹の過剰発育というアンバランスな発育が糖尿病性巨大児の特徴である。

糖尿病合併妊娠とは異なって、インスリン分泌が保たれている妊娠糖尿病(gestational diabetes:GDM)では、母体高血糖は母体の高インスリン血症を惹起して、高血糖―高インスリン血症を惹起し、高血糖―高インスリン血症状態を呈し、過剰なインスリン同化作用によって肥満の進行と高脂血症を呈する。肥満を背景とするGDMでは、高血糖のみならず、この母体の高脂血症も胎児の過剰発育に関与しているので、肥満GDM妊婦で巨大児発症リスクが高い。

GDMは、もともと「妊娠中に一過性の高血糖を認める女性は将来、高率に糖尿病を発症する」とい内科医O‘Sullivanの20数年間にわたるボストンGDM研究報告に端を発する(New York:Springer-Verlag, 1978.429)。1980年米国糖尿病学会(ADA)は、第一回GDMに関するカンファレンス‐ワークショップを開催し、GDMの週間期疾患としての概念がスタートした。International Association of Diabetes and Pregnancy Study Group(IADPSG)によってHyperglycemia and Adverse Perinatal Outcomes:HAPO研究プロジェクトが企画され、世界9カ国、15周産期センター、25505妊婦が参加した研究成果は、2008年5月のNEJMの巻頭論文として報告され、GDMの周産期疾患としてのエビデンスが確立された(NEJM 2008;358:1991-2002)。このHAPO研究は、周産期疾患としてのエビデンスの確立とともに、そのエビデンスを基にした新しい国際標準のGDM診断基準の策定を目的としていた。

日本産婦人科学会は1984年に75g糖負荷試験を基にGDM診断基準を策定していたが、日本では2010年にこの新診断基準を導入した。

新基準の導入により、GDM発症率は3~5倍に増加し、日本における頻度は7~12%と推察された。GDMの周産期合併症とより関連性の深いリスク因子は、肥満と空腹時血糖値が知られていた。HAPO研究で75g糖負荷検査の各血糖値の中で空腹時血糖値が巨大児発症と最も関連が深かったと報告されている。この二大因子のほかには、妊娠中の過剰な体重増加、巨大児分娩の既往、高年齢妊婦などがリスク因子と考えられている。

日本周産期・新生児医学会雑誌 2022:58、9-17

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspnm/58/1/58_9/_pdf

 

GDMの血糖管理目標として、日本糖尿病学会は2019年の糖尿病診療ガイドラインで以下のように提示している。

参:長崎医療センターで行っている実際の管理プロトコールを下図に示す。

非妊娠時BMI≧24、空腹時血糖値≧84mg/dLを各4点、OGTT2点以上および40歳以上を各1点として合計10点満点のGDMリスクスコアを用い4点以上を高リスクGDM、1~2点を中リスクGDM、0点を低リスクGDMとしてトリアージを行っている。

糖代謝異常のない妊婦の血糖動態を見てみるとほとんど一定の血糖値を示しており、食事をとってもほとんど変化がないことが示されている。

この状態を理想と考えて、日本糖尿病学会は2019年の糖尿病診療ガイドラインでは、以下のように提示している。

ヒトの周産期発生における臨界期は各臓器により妊娠週数が異なる。特に胚子期である妊娠8週までは、糖代謝異常があると、多くの臓器において先天異常に結びつきやすい時期である。

糖代謝異常状態により、流産や先天奇形の頻度はかなり異なる。

1987年の報告では、妊娠初期のHbA1cの値が7.5以上で流産は増加し、9.5以上で先天奇形が増加するとされた。

2010年の本邦の報告では、HbA1cが7.4を超えると先天異常の頻度は増加している。

腎症の観点から見てみると、献上妊婦においてはGFRは約50%程度増加し、蛋白尿は妊娠20週以降で300mg/dLまでは認められるが、分娩後は蛋白尿は認めない。Preeclampsia(妊娠高血圧腎症)は2~5%にみられ、こういった人においては分娩後にESRD(EndStage Renal Disease)になるリスクが上昇する。当然糖尿病患者の場合、いろいろな合併症はみられるが、GDMにおいては、Preeclampsiaの頻度が上昇すること、微量アルブミン尿の増加リスクがあるといわれているが、はっきりしたことはまだわかっていない。

北里大学病院において糖尿病患者の腎症合併妊婦の予後を検討したところ腎症の悪化や透析に至る人が見られた。

網膜症の悪化は、初回検査時の網膜症認めない症例においては17%に、単純性網膜症症例では36%に、増殖性網膜症の症例においては47%にみられており、網膜症が進行しているほど、増悪する頻度が多くなっている。

有名なDiabetes Control and Complication Trial(DCCT)研究において、糖尿病非妊娠女性と妊娠女性において網膜症の進展は、強化療法群で1.6倍、従来療法群で2.5倍程度高頻度にみられている。

妊娠糖尿病患者において強化インスリン療法と従来インスリン療法は、どちらも網膜症の発症や悪化はあるが長期的には非妊娠者と変わらなかった。

細かく見てみると、妊娠中期と分娩後1年間は、統計上有意な差を認めた。この期間は眼科的検査の必要性が高いといえる。

 

1980年代以前においては、妊娠中に増悪した糖尿病網膜症症例においては治療的流産も行われていたが、血糖コントロールと同時に光凝固療法が有用であると1987年に報告されるようになってきた。(糖尿病 30:595-603、1987)

妊娠中に網膜症が増悪する因子としては、

  • 妊娠前及び妊娠中の高血糖
  • 高血圧
  • 高脂血症
  • 急速な血糖正常化
  • 糖尿病の長い罹病期間
  • 毛細血管周囲細胞の変性
  • IGF-1の増加
  • 血管内費成長因子(VEGF)や血小板凝集脳の増加

があげられている(https://dm-net.co.jp/pre/2012/07/10.php

 

日本糖尿病・妊娠学会から『妊婦の糖代謝異常 診療・管理マニュアル』が2015年12月に刊行され、2018年に改訂し、2022年1月20日に改訂第三版が刊行された。

今回の改定では、『産婦人科診療ガイドライン 産科編2020』、『糖尿病診療ガイドライン2019』、『日本人の食事摂取基準(2020年版)』との整合性をとり、1.妊娠前の管理、2.妊娠中の管理、3.分娩時の管理、4.産後の管理に分けられて記載されている。

https://dm-net.co.jp/jsdp/information/036504.php

その中で糖尿病を有する女性の妊娠許容条件として以下の項目があげられている。

妊娠中の体重増加の目標については、2006年に制定されたが、このころは「小さく生んで大きく育てる」という考えが主流であったが、Institute of Medicine(IOM)の推奨はそれよりも緩やかであった。2021年に日本産科婦人科学会が推奨値として提唱した数値は、このIOMの推奨値に近い値になっている。

非肥満GDM妊婦の体重増加と子の体重への影響を検討した報告によると、休推奨増加上限未満で出産した場合と上限超過で出産した場合Small for gestational age(SGA)児の割合は6.1%、4.3%、Heavy for dates(HFD)児の割合が8.5%、10.6%、巨大児1.9%、0%であり、子供への影響に有意さはみられなかった。

妊娠前のBMIが25以上30未満の肥満GDM症例においては、HFD児が7.0%、22.6%と有意に増加した。

BMI30を超える場合も同様に、7.8%、17.9%と有意に増加した。

非肥満GDM妊婦においては、旧推奨値は厳しすぎるように思える。

GDM診断時期と母児の体重への影響を見てみると、16週未満に診断された群においては、16週以降に診断された群よりも、母体の体重増加は少なく、出生体重も小さく、SGA時の頻度も11.9%に対して4.1%と有意な差を認めた。

つまり早期に診断されると、厳しいカロリー制限指導が行われ、母体の体重増加が抑えられ、SGA児の頻度も多いという結果であった。

糖代謝異常合併妊婦の食事療法の基本的な考え方は、以下の3点であるが、食事量歩についてのエビデンスは現時点ではないのが問題である。現行の指導内容においても、BMIで分けられているだけで、妊婦の体格や年齢については考慮されていないし、糖代謝異常を有する妊婦のエネルギー代謝が健常妊婦と同様であるか不明である点も問題である。

2015年度版の日本人の食事摂取基準は、年齢区分と身体活動レベルで分けられ、妊産婦に対してはエネルギーを付加する形で推奨カロリーを設定している。

一方で妊娠中のエネルギー需要量は以下の図のように推計されている。

肥満のあるなしで妊婦の体重変化を見てみると肥満者では妊娠前からの増加はあまりないが、安静時エネルギ消費量は軽度増加していた。

REE:resting energy expenditure IBW:ideal body weight

現在、糖代謝異常合併妊婦の食事療法として北里大学病院においては、妊娠残非肥満例と肥満例に分けてカロリーを設定している。

食後血糖値の上昇がある症例では、下図のような理論で、分割食を導入している。

産後の血糖正常化の確認も必要である。

産後は急速にインスリン抵抗性が低下するので、インスリン量の再設定が必要であるが、母乳を上げることにより、消失するエネルギー量を考慮する必要がある。

授乳して場合とそうでない場合には分娩後にインスリンの需要量に差が出てくるし、分娩後2週間は低血糖発生頻度も多いとの報告がある。

1型糖尿病女性の妊娠経過に伴うインスリン需要量の変化は下図のように示されており、分娩後には有意差はない。

一方2型糖尿病合併妊婦のインスリン必要量は分娩前に増加し、分娩後1か月検診時には妊娠前よりも少なくなっている。授乳有り群ではインスリン必要量は0.8倍に減らしている。

授乳有り無しで比較し見ると症例数が少ないせいか有意差は出なかったが、1か月検診で授乳ありの群でインスリン必要量が多いように思える。

こういった差が見られるので、妊娠糖尿病女性の分娩後はしっかりフローアップが必要である。出産後に授乳していると糖尿病になる可能性が少ないとの報告もある。

マウスの実験であるが、妊娠中、分娩後に膵臓ベータ細胞量はかなり変化する。ベータ細胞量は妊娠中に増加し、分娩後に元のレベルに戻る。

Scientific Reports volume 10, Article number: 4962 (2020)

https://www.nature.com/articles/s41598-020-61850-1#Fig7

妊娠前に比べ妊娠中はセロトニン、インスリン分泌顆粒は増加し、出産後には減少する。

Nature Medicine volume 16, pages804–808 (2010)

file:///C:/Users/jeffbeck/Downloads/Serotonin_Regulates_Pancreatic_-Cell_Mass_during_P.pdf

 

COVID-19 パンデミック化においての妊娠中の糖代謝異常のスクリーニングとして、血糖値とHbA1cをチェックする必要がある。妊娠の初期と中期では、判断基準を変える必要がある。

出産後には、糖代謝が正常化しているかどうかの確認も必要である。

 

参考文献・サイト:

糖尿病合併妊婦・妊娠糖尿病と高脂血症 周産期医学33;1497-1502,2003

file:///C:/Users/jeffbeck/Downloads/AN001123070331201%20(1).pdf

日本糖尿病・妊娠学会

https://dm-net.co.jp/jsdp/

糖代謝異常合併妊娠の今日的課題

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspnm/57/4/57_593/_pdf/-char/ja

 

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